私はケータイ小説が流行った世代なのですが、ケータイ小説は「読みやすい」と持て囃されていました。それが染み付いてしまったのか、「あんなのと一緒にされたくない!」と思ってしまうことは未だにあります。
読みづらい、とクレームがつくよりはマシ。
読みやすいって、単独だと他に言うことがなくて言うことがあるからですね。私自身が。 意図が分かりにくい言葉だとも思います。すいすい読めて読みやすいとか、みっちり詰まってるのに読みやすいみたいな、他の言葉がついてれば納得できるんですけど、一言だとはあそうですか、どういう意味で?ってなります。 もう1つだけ個人的な事情がありまして、私は仕事で冊子などのデザインをしているのですが、適当にその場を流す時に「いいんじゃない、読みやすいし」という言い回しが使われることがあります。それでいい印象がないです。
字書きではないのですが、字書き友人が同じ話題で「読みやすいは褒め言葉ではない」派の方の意見を聞いていたので失礼します。 読みやすい=単純・内容が浅い・文章量が少ない みたいな悪い連想をご本人が抱いているから、だという話をしていました。 シリアスな話や哲学的な内容が理想で、重厚感や考察をしてほしい(一文一文止まって考えてほしい)みたいな気持ちで 書かれている方には、読みやすい=読み流されて考えて貰えてないって受け取ってしまうのかもしれません。
そもそも良い小説は読みやすくて当然だと思います。 時代が違う、言語が違う、などの事情は別として、同じ時代を生きる作家が書いた小説がいちいち読みにくかったらそれはもう小説としては駄作でしょう。だって読みにくいんだもん。 もしその相互さんが「私の小説が読みやすいなんて当たり前でしょう」と胸を張っているのなら、「読みやすいですね!」と言われたら気に障ると思います。
頭からっぽでも読めちゃう、軽い、と言われてる気分になる…とか。 すごく練った文を考えて、隅々までわかってくれよ、おめーら!みたいなテンションで待ち構えていて「とっても読みやすかったですー」と言われたら「いや絶対意味わかってないね。そんな簡単に理解できるもんじゃねー」みたいな? または読んでないなコイツ。ってことですかね。実際読みやすいとは言えないものを創作したのに、バレバレだぜーみたいな。 あとはそういう曖昧で毎回使えそうな感想はイラネ、という意味。 想像です。
昔は「読みやすい」と言われて不服だった者です。 これ、当時を思い返すとある意味「高尚ぶってた」ような気がします。当時は歴史系の創作をしていたので周りには文章に強いというか純文学を読み馴れている作り手さんやROMさんが多かったのもありまして。聊か(いささか)とか是とか其々とか描写もとにかく堅苦しいレトロ感のある小説ばかりだったんです。その中でIQ低めのライトノベルみたいな小説垂れ流してたのでしょっちゅう「読みやすくていいわー」と言われてたんです。そこでは全く褒め言葉ではなかったんですね。ガチガチのかたい文章が称賛されていた界隈だったのです。 読みにくい=かっこいい、素晴らしい みたいな今考えると恥ずかしい思考してたんだと思います。ジャンルをいくつか移り、年齢も経たこともあり自分の文章力も微々ですが向上してわかったことは「本当に頭の良い人、または文章力のある人は文字や漢字を知っていても読者に合わせてわかりやすく描写している」ってことです。周りが見れるようになってようやく理解できました。 なので最近でも読みやすいと言われて素直にありがとうございます~と言えました。その相互さんの怒った理由は分かりかねますが、ライトノベルなどの簡単な小説のように思われたくないと感じているのかもしれません。 参考になるか分かりませんが、私は昔読みにくいでイラッとしてましたという話でした。
すみません、追加です。 昔はマイナスな意味の「何も考えなくても読めるわー」な感じで伝えられていた気がするのですが最近は「●の音や情景が頭にすぐ浮かんでくるようで読みやすかったです」みたいな感想が増えました。こういう伝え方をしていただけることに感謝です。これだと読みやすいの意味がとてもポジティブに伝わってくるので。
読みやすい=理解しやすい文章ってことは分かるのですが、話が面白かったかどうかは「読みやすい」だけでは分からないので、中々褒め言葉として飲み込めませんでした。 ビジネスメールのように読みやすくても物語として面白くはない文章というものもあるので、褒めてるのに!と言われてもエスパーではないので読みやすいの中に含まれた気持ちを読み取ることが出来ませんでした。
読みやすい、自体は決してマイナスな意味とは思わないのですが、プラスとも感じないと言うか、意味のない感想だな、と感じます。感想と言うか、感想未満、単なる報告でしょうか。 読みやすさの基準は読み手によって異なるもので、例えば漢字を多用していると読み難く感じる人もいれば、逆にひらがなばかりだと目が滑る人もいます。一文が長いと読み難いという人もいれば、短い文が続くとぶつ切れ感を覚えるという人もいます。 『読みやすい』はあくまでその読み手との相性が良かったという意味でしかなく、文章の技術技巧に対する評価ではないので、読みやすいと言われても私は褒められたとは感じません。 上記を踏まえて、書く際に読みやすさを全く意識していないので、そこに言及されても嬉しくも何ともないですし、そんなことより内容について話して欲しい、と思います。 相互さんが私と同じ考えか否かは分かりませんが……ただ、ブロックするのはさすがに極端だなと思います。
料理人に「食べやすい料理ですね」 音楽家に「聞きやすい演奏ですね」 漫画家に「読みやすい漫画ですね」 日本人に「聞きやすい日本語ですね」 そう言ってるようなものだと、その人は考えてるんでしょうね。 その道の人が「最低限」できると思ってやってることをわざわざ褒める人ってなかなかいません。 外国人に「日本語がお上手ですね」と褒めることはあっても日本人に「日本語がお上手ですね」は煽り文句にしかならないですよね。 それと同じでも、文章作家やってる人間からしたら「読みやすい文章ですね」は最低ラインであって、そこを褒められても嬉しくないって人なんだと思います。 絵描きでも「絵が上手いですね」を褒め言葉として受け取らない人がいるのと同じです。
めちゃくちゃ面白かったら「面白かった!」て言うし ものすごーく泣いてしまったなら「号泣しました」て言うし 忘れられないほど心に響いたなら「感動しました」て言うし 可愛くて萌えたなら「最高に可愛いかったです!」て言う もちろんえろかったら「エロかったです…」て言う わざわざ読みやすいって言うって、そういうのが何も無くて「読めた」ってだけなんだなって感じる
読みやすい、というのは「話がするする頭の中に入ってくる文」だと思っています。 読みにくい、というのは逆に頭が一生懸命考えないといけない文。 これはどちらが悪いとは思いません。 読みにくい、という文だからこそ面白い話もたくさんあります。 でもこれ、意図してそうしてるのでなければ「読みにくい」は褒め言葉じゃないと私は感じます。 なのに「読みやすい」は褒め言葉ではないと感じる人もいるので、面白いです。
他の絵描きにこの人絵がうめぇ~というニュアンスで字書きの方に読みやすいと言うことをお伝えしていたのですがこのトピを見て嫌う方もいる事がわかり勉強になりました。 語彙がないと言い訳せず好きだと言うことをつたえようとおもいました。
絵描きなのですが失礼します。絵描きの友達で原稿を見せあったりしますが「ここのページ読みやすい」と言われるとすごく嬉しいです。 伝えたいこと感じて欲しいことをいかに違和感なく流れで見せ、読者に感じてもらうかが作家の腕の見せ所だからです。 そのために作画やコマ割りセリフ回しを工夫しています。 小難しい難読な表現なんてごく一部のマニアしか求めてません。 この基本がわかっていれば字書きさんも構成や文章の組み立てを工夫されているのではないでしょうか。 読みやすいを意識して工夫していない方は読みやすいを褒め言葉に受け取れないのだと思います。
上の方の0DVc8a2hさんの回答に同意です。 たしかに嬉しい気持ちもあるのですが、読みやすくて面白い話を書きたいので読みやすいという最低ラインを褒められても「そっか…それだけだったか…」と落ち込んでしまうんですよね。読めたよ!という報告だけというか。上手い絵を「見やすい!」とは自分は言わないので、それもあるかもしれません。