笑いに変換できていないということに気が付きましょう
やはりそのような価値観に変化しつつありますよね… いまだに鍵垢では激しい口調を面白い、と言われているので一部の方には笑っていただけてはいるのです。 コメ主さんも元々はそうだったけど今は治された、気づいてやめたタイプでしょうか? ありがとうございます。
オタクのそういう露悪ムーブって夢中になれるしはしゃげるしで楽しいと思います、高校ぐらいで卒業しましたが 某漫画のセリフで「強い言葉を遣うと弱く見える」的なセリフがありますが、まさにそれというか 何を言うかよりも何を言わないかに知性とか表れるし、トピ主さんの感じていらっしゃる通り時代のメインストリームからは外れてきていると思います 一部の方で楽しんでいるうちはいいですが、エコーチェンバー現象といって内輪だけで歓迎されるものはどんどん過激になっていって 取り返しがつかなくなることもありますのでご参考までに
技術や文化というのは、突然生まれてもそれが一気に広まることはなく、10年単位でジワジワと一般大衆に広がっていくものです。 そして、広がるにつれて尖ったものから丸いものに変化していってしまいます。 サブカル文化やロック音楽などがその象徴です。 Twitterも当初は一部のオタク、ギーク、サブカル系がこぞって発信していたのでかなりコアなものが多かったですが、今では一般大衆化してしまった結果、非常に当たり障りのないものばかりになってしまった。 時代や文化の先駆者は、とうにTwitterをやめている。 陳腐化と言ってもいい。 結果、トピ主さんが感じているような空気になっているんだと考えています。 情報発信のツールとしてTwitterはとてもよく成長しましたが、そこにアングラ感や尖ったもの、目新しいものはもうない。
2ちゃんのノリというか、そういう傾向はありましたよね。 お上品にはなれていないけど、言い方はソフトにはなりました。むしろ年齢が上がったせいか直脳でつぶやくことが減りました。一度考えたり下書きをして様子を見たりして。 基本的にはよほど仲良くなければ敬語です。 昔よりもtwitter自体が開けた場になったし(サービス開始当初からやってますが別物です)ネットも現実に限りなく近づいているから、しょうがないのかななんて感じます。匿名性もあってないようなものだし。
4、5年前まではそういうノリも受け入れられていたというか、 かっこいいと思う人が結構いた気がします。 今はないでしょ…と言う空気ですね。 自我自体出さない人も増えましたね。時代の流れだと思います。
アナログモデム使ってた頃からインターネットを見てた者の意見だと、見られる人だけが見る特別な場だった頃のインターネットは既に失われ、ただの生活インフラの一つになりました。 だから生活の場と同じような良識が求められるようになって、「インターネットだけの悪ノリ」は徐々に失われています。これはもうしょうがないでしょう。コロナ禍でますますインターネットは第二の生活空間になっていますし。
岡田斗司夫さんのユーチューブでホワイト化する社会という題材を取り上げていたのですが、まさにそれを思い出しました。 これからの世ではたしかにあまりうけないし、どんどん肩身は狭くなるかと思いますね。でも好きな人は少数でもいるだろうし、受けずとも炎上しようともそれがいいんだ!という場合は責任を持って続けると良いと思います。
これですよね。鍵垢でお仲間だけとやるならいいですよ。これフォロー外でいきなり喧嘩売られる感じになるのでオタクって冗談が通じない人達の方が多いので、汚い言葉と強い言葉で冗談で笑わせようとした言葉が相手にとっては名誉毀損又は侮辱行為に値する可能性もありますよ。しかも最近はこれ法廷でTwitterのrtでの名誉毀損罪、ガルちゃんの名誉毀損が認められて損害賠償請求されて情報提示されて書いた人の身元が晒されてますし。 今の時代は悪ノリは相手にとって受け取り方が様々なので大変危険だと思いますが…。
まとめてのお返事で失礼します。 なんとなく最近の風潮に不満を感じてモヤモヤしていたのですが「Twitterがアングラではなく生活の場になった」というのが一番しっくりきて、納得しました。 以前はオタクの二次創作アカウントなんて公開垢であっても見る人がごく限られていましたが、いまはたくさんの人が見ていますし、もうそこは公共の場と考えた方がいいですね。 これからはオタク垢であろうと公開垢は公共の場と割り切ってクリーンな自分を演じていきたいと思います! また、昔の悪ノリが好きな方もありがたいことに一部いらっしゃるのでそういうのは非公開垢でやっていきたいと思います。 ありがとうございました!