2022/03/04
自分が描いているネタ、描こうと考えていたネタや構図、曲などがかぶっているものを見た時に、自分の作品は…
自分が描いているネタ、描こうと考えていたネタや構図、曲などがかぶっているものを見た時に、自分の作品はこの作品の二番煎じになるのだな、と悲しくなってしまいます。
ある程度被ってしまうのは仕方のないことなのでしょうが、どうにも創作意欲が削がれてしまいます。どのような考え方にしていけば良いのでしょうか。
6 コメント
初めて仏像作った人からしたら今の仏像200000000000番煎じくらいだから大丈夫です
これよこれ
かぶりがあるということは誰でも思い付くネタや構図だったんだなと考えて、そこからずらしを入れるようにしてます。 もう一捻りするというと分かりやすいかな? 思わぬオチになったりして最初より良いものができたりするよ。 オススメ。
同じカプとか近いところなら捻りを加えるなどの工夫をしますが、基本的に自分の作るものなんて二番煎じどころか1000番煎じだと思ってます 何回も煎じられるものには何回も煎じられるだけの人気があると思って煎じます
昔ならともかく、現代で人が考えつくことなんてもう既に誰かの模倣だと思っています。 投稿するとなれば余計なトラブルを起こしたくないから少し改変したり時期をずらしたりはするかもですが、基本的に気にしません。 有り触れたネタにどれだけ個性を出せるか、ってところに着眼してみてはいかがでしょうか。
一部の天才を除いて大体の人は平凡な発想の平凡な才能だと思うよ どんな絵馬でも天才なら世界的に有名になってるわけだし。そんな人すらきっと平凡。だから被ったりなんだりなんてよくあるある…それをうまーーくアレンジしてようやく人前に出せるって人がだいたいかと