私は十年ほど絵を描きたいのに描くのがつらい状況が続いていました 絵がうまい人でも苦しみを耐えて描いている人も多いようです 多くの人は苦しみに耐えて描き続けているようです 残念ながら同人業界も他の現実と変わらず大半の愚かな人々が争いいざこざを起こし苦しめ合っているだけだと気づきました ですが、私はどうしても苦しみから逃れて楽しく絵を描きたいと固執し続け苦悩し続けてきました その結果、得られた結論は絵をうまくなり評価され成功したいと思う限りはどこまで行っても苦しむ事になるという事です どれだけ多くのフォロワーやいいねを持っていてもさらに欲しいと思えば苦しみます フォロワーやいいねが0でもいらないと思えば何も苦悩する事は無い 人は求めれば飢えます 全てを捨て去れば満足できます 努力し他人に優越し勝利し成功しようなどとは思わなければ楽になれます なぜ人は自分が持っているモノに飽き 他人が持っているモノをうらやむのでしょうか? 意味や価値を創っていたのはいつも自分自身だったのです 今、自分が描く絵を最高にして満足すればいい やるべき事は覚醒する事です 眠っている真の姿を解放し真の力を取り戻す事です その時に自分の世界が創られる その世界は最高で永遠です その世界を描けば最高の絵となる 覚醒する方法は難しく説明する事も出来ずさらには人によっても違うでしょう それでも私の場合を参考までに書き残しておきます 努力を尽くし挫折し 苦悩し尽くした末に絶望し 無を志向する救いを理解し 覚醒した 人は夢や希望を持っているからこそ何かをやらなければならないと焦り苦労する 真の絶望は何の制約も無く自由で最高の気分だ
周りの目が怖い(下手になったとか前の方が良かったとか思われたくない)なら、プロの漫画家やイラストレーターだって言われてることだしある程度はもう仕方ないよ あと周りはあなたが思うほどあなたの絵の変化なんて気づいてないと思う 過去の自分を超えられないという話なら、仰るとおり描くしかない ただ今のまま続けてもしんどいだけだろうから、例えば動物とか背景小物とか描いたことないものを描くのはどう? 私も絵が不安定になってふて腐れてしばらく一切絵を描かなくなったことあるけどなんか知らないうちに復活してまた絵を描いてるから、本当は絵から少し離れてみるのもいいんじゃないかとは思うけどトピ主さんの場合それはそれで不安になりそうだし……
絵柄が描くたび変わるとか安定しないとか言う人に限って他人から見て全く変化してないからある意味安心していいよいつも同じものを描けているはず何も変わってない なぜ怖くて描けないかというと自分は上手く描けるはず、前回上手く描けたという思い込みに対して、それに応えられる自分じゃなかったらどうしようという過度な期待が抑えられないからだと思う
上手くいったことを無理やり再現する必要はないですよ! 私も10年以上書いてて仕事もしてますが絵柄コロコロ変えてます笑そっちの方が楽しいし同じ絵柄書くのが苦痛なので 楽しく書ける方を書いてください! 後絵柄がコロコロ変わる人って伸び代あると思います! なので同じ絵柄が定まらないうちは気楽にとりあえず数こなす方を優先した方がいいと思いますよ。 多分まだ絵柄を定める段階じゃないんだと思います。 なので逆に絵柄が決まるまでとりあえず色んな絵柄を探索してみてください!
絵を描くのが好きな某漫画家は絵柄コロコロ変わるよね(年単位で見てだけど)でも常に進化してるし上手くなってる 色々吸収するとそうなるんだと思う
絵柄が変わるのが怖いというか、少し捉え方を変えてみたらどうですか?絵柄が安定しないというのは描く毎に上達してるということでもありますよ。気持ちによっても体調によっても、引く線だって変わります。毎日1枚描いて、ダメだったらまあまた明日描こうで、いいと思います。私も描かなきゃと思うと全然描けないです。そういう時期と思って、描くのをしばらく止めたりします。描かなきゃいけない→どうしてもこれを描きたい!になるまで待ってもいいのでは。焦ってもそういう気持ちが絵にそれが出てきてしまったらどうしようもないです。あまり自分を追い詰めないでくださいね。 ご存知かもですが、ジ◯リの魔女宅の映画見たことなかったら見てみてください。絵描きの女の子が出てきます。ちょっと自分と重なったりするかもですよ。
描き始めて2年で安定してる絵が描ける方が珍しいと思ったんですが、そう思ってみたら少しは気分が軽くなったりしませんかね。 自分はこれまでの人生のほとんどを絵を描く趣味と共に過ごしていますが、未だに「これ自分の絵になってるかな?」って悩むことあります。そういう時は「自分の手から生まれた線だから自分の絵になってるでしょ」と思うことにしてます。
自分は殆ど絵を人前に投稿していないんです。仰る通り、Twitterでは0フォロワーの鍵垢でひっそりと絵を投稿しています。 他人の視線というよりは、自分の視線が怖いんです。人の評価より、自分の評価の方が重いんです。ずっと自分のために描いているので、自分さえ納得させられればそれでいいのに、いつまでも納得しないから辛いんです…… 「最高」が作れなくて、線も汚いポーズも単調、そんなラフに五時間以上かけてそれでもゴミしか生まれなくて、色んな人の絵や講座、写真を参考にしても届かないことに疲れてしまって………やりたいことも多すぎて、一つに絞れなくて。 けれど、コメ主さんの言うように「上手い人でも怖がる」なら、きっと、どんなに描いても、この恐ろしさは消えないんですよね。 その、自分の声さえも無視してしまうしかないのでしょうか。 コメントありがとうございました。
仰る通りです。自分への期待が重すぎるんですよね……上手く描けたと言っても、自分の場合、それは納得するまで多大な時間をかけて微修正と調整を繰り返しただけの結果で、対して時間もかけていないらくがきでその絵に並べるわけもないのに。 それでも、その絵とダメな絵が並んでいると苦しくなるんですよね。 コメントありがとうございます。
絵はあまり人前に出していないので、人目より自分の目が怖い感じですね…… 人以外を描くという発想はなかったです。確かに背景や小物は今までほとんど描いてきませんでした。ありがとうございます。 少し挑戦してみたいと思います。 絵から離れる……そうですね。離れるというより、動けないってことならあります。 一週間じっと描き続けていたかと思えば、次の一週間は一切動けない、みたいな状況を繰り返してるんです。描いている一週間はとても楽しいのに、それが終わると全てが虚しくて、よく出来たと思えた絵が全てゴミに見えて、頭の中がぐちゃぐちゃになって寝ていることしかできなくなります。何も出来ないまま日を終えた時、「自分は何でひどい時間の使い方をしたんだろう」と苦しくなります。極端ですよね。 コメントありがとうございます。
憧れの作家がたくさんいて、その時々で色んな塗り方や画風を試してしまっているのも多分原因の一つなんだと思います。 でもこれじゃダメだよな、一人に絞らないとな……と思ってずっと苦しかったので、「伸びしろ」という表現に少し心が軽くなりました。 実験的に描くのを躊躇い、罪悪感に潰れる必要はないんですね。 コメントありがとうございます。
なるほど。絵柄の変化を怖がるのではなく、「成長」と捉えてみることにします。 少し前向きになれました。コメントありがとうございます。
上達、してるのでしょうか。確かに最初に描いた一枚と、最近描いた一枚は雲泥の差かもしれません。まずキャンバスの画質を上げるという発想がなくて、ガビガビの一枚でしたっけ。ネットで見た通りにバケツ塗りで色を塗って、エアブラシで影つけて…… それと比べれば、随分綺麗にはなったのかもしれません。でも、あまり認められないのは、そこで満足させたら自分は歩みを止めるだろう、という漠然とした予感があるからなんでしょうね。それでも少しは褒めてあげなきゃ倒れちゃうでしょうか。 魔女宅は小さな頃に小説を読んで以来です。映画、機会があれば観てみます。 コメントありがとうございました。
絵は晩成型の趣味だとよく聞きますし、自分はまだその入り口に立っているだけだというのはわかります。でもやっぱり、ひどい結果ばかりが目の前に羅列され続けると苦しくなっちゃうんですよね。 やっぱりどれだけ描いてもこの怖さは永遠なんですね。不可視の妄想を形にする趣味だからこそ、そこに過剰な安定性を求めるのは最初からおかしな話だったのかもしれません。どの絵も趣が違うとはいえ、自分が描いたのは事実ですのに。 コメントありがとうございました。