「今の祭りって、盆踊りとかないらしいよ」 「マジで?」 「あ、でも言われてみればそうかも」 「小学校でやったよな」 「アニメのエンディングとかで見た記憶」 「確かに」 笑いながら脇を通り過ぎて行く男子学生の集団を見送る。 はて。盆踊りをしたのはいつが最後か考えてみる。確かに、一桁台の年齢以来かもしれない。 祭りと言えば、食べ物の屋台に、金魚掬いに水風船、最後に花火が上がれば充分か。 それらしい雰囲気を味わえればいいのであって、縁日だろうが祭りだろうが花火大会だろうが、もはや名前は何でもいいのかもしれない。 そこまで考えたところで、思い直す。そうは言っても、こんなことがなければ、自分だってここには来ていなかった。 「年に一回しかない祭りだから」とでも念を押さなければ、出不精のあの人を連れ出すことは出来ないのだから。 「待った?」 申し訳なさそうな声がして振り向けば、そこには浴衣を纏った姿。思わず目を見張る。 少し期待はしていたのだが、やはり、祭りは最高だ。 「ううん、大丈夫。行こっか」 ところで、今って盆踊りとかないらしいよ、と仕入れたばかりの知識を教えてやる。 「盆、踊り……?」 「え。マジで??」 年代差か、はたまた地域差か。あまりの衝撃に絶句したのだが。無邪気な「踊ってみせて」には、本当に閉口してしまった。 *** トピ立てありがとうございます! 最近見聞きした内容が印象的だったので書いてみました。 反応させていただいた者でしたので、僭越ながら。これでハードルが下がって、少しでも賑やかしになればいいな…。
暗闇祭り、という話を聞いたのは去年の夏の終わり頃であった。なんでも、とある神社で毎年8月16日にひっそりと開催されているらしい。 それを誰から聞いたのかは忘れてしまったが、私は8月に入ると毎日のようにカレンダーを眺めていた。 16日が来ると、私は仕事終わりにすぐ神社に立ち寄った。早くしすぎたのか誰もいなかった。本当にここなのだろうか?石階段に座ってぼんやりと時間が経つのを待った。普段は蚊が鬱陶しいのだが、その日は不思議なくらいに静かであった。 「おい」 私は揺さぶられ、目を開いた。膝を抱えて眠っていた私を、暗がりの顔が密やかな声で笑った。 「行くぞ。射的でもしようぜ」 その人は私よりも背が低かった。小さな手のひらで私の腕を掴み、暗闇の中を歩き出した。私はスーツの砂を払い、引かれるままに人とぶつかり歩いた。行き交う多くの人は誰もが顔が見えず、暗がりで笑い合っていた。賑やかな暗闇に祭囃子が響き渡る。 私はその人と射的をした。暗くて何も見えないと困る私に、だったら代わりに取ってやろうとその人は言った。くれるのなら何でも、と私は答えた。 その人は残念賞の光るブレスレットをくれた。 ボッと火がついた。 祭りは終わりなのだと私は悟った。境内で大きな火を囲む人々の外側で、その人は言った。 「また来年も遊ぼうな」 その人の顔を見て、私はようやく親しかった、その人の名前を思い出した。 私がその人の顔を見ても、思い出せなくなったらこの約束は終わりなのだろう。 「また来年」 陽の光に、私は目を覚ました。変な格好で寝ていたせいで、体中が痛かった。 何をしていたのかは思い出せず、首を捻りながら立ち上がる。 そういえば、この神社では毎年、夏には暗闇祭りをやると聞いた。 誰から聞いたのかは思い出せないが、今年は終わりだとも聞いている。 来年は私も、暗闇祭りに行くとしよう。 今年のお盆は罰当たりなことに、仕事に追われてすっかりさっぱり墓参りを忘れてたので……。 いいトピですね。久々に800次SS書きました。楽しかったです。
「地獄に落ちろっ!」 私は彼に向かって少し強めの別れの挨拶と、お気に入りのピンクの鼻緒の下駄を投げつけた。白百合柄の浴衣と同じく、彼へのお披露目は次のお祭りの予定だったのに。たった今をもって元彼となった男には今後二度とこの浴衣も下駄も、見せることはないだろう。 ここまでに至った事情はなんともベタな話だった。隣町の大きなお祭りに彼を誘う私。今週末は忙しいと断った彼。傷心の私を気遣ってお祭りに誘ってくれた友人たち。そして、この人混みの中で何の因果か引き合わされてしまった彼の浮気現場。ほら、ベタでしょう。 「ごめんね。私抜きで楽しんでね」 友人たちにそう言うも、それが困難なことくらい分かっていた。ただ、私が一人になりたくて、慰めの言葉でこれ以上惨めな気持ちになりたくなくて、そう言い残すほか無かったのだ。 更にベタなことに、履き直した下駄が靴擦れを起こしたのか足が痛む。私はいつしか裸足でアスファルトの上を歩いていた。先程あれだけの醜態を大勢の前で晒したのだ。もう人にどう見られようとも構わない。道行く人が私の横を通り過ぎるが、さすがは都会の住人たち。誰一人として気にするそぶりも見せない。 靄がかかったようなぼんやりした頭に、自宅のアパートの階段音がやけにカンカンカンと響いた。あぁ、絶望の淵に居ても、人は迷わずに帰ってこれるものなのだな。そう思いながら鍵を取り出そうとして、ふと気付く。手持ちの巾着袋がない。どこかに落としたようだ。迷わず家に着いてもこれでは意味がない。私は振り返って今昇ったばかりの階段を降り出した。 そして次の瞬間、足を踏み外して階段を転がり落ちた。驚きに呼吸を止め、衝撃に目を閉じる。しかし、予想していた痛みはいつまで経っても私を襲って来なかった。目を開くと、私の足がなかった。 なんてベタな話だろう。私は、帰り道に踏切で事故にあったのだ。急激に取り戻した最後の瞬間の記憶に、乾いた笑いがこぼれた。想いを込めて購入した白百合が、私の腹の上で赤黒く咲き誇っている。 「あは、あはっ、あはは! ――やったぁ。祟りに行けるじゃん」 花言葉好きのオタクです。ホラーごめん。グロは無いから許して。
夜になっても気温は摂氏30度を下回る事なく、まだ昼間であるかのような蝉の合唱が、僕の鼓膜の奥へと入り込む。わんわんと鳴くその音は、近いようでいて遠い。風が杜の方から降りてくる。その風は酷く生温いのに、どうしてだかひんやりと冷たかった。 道行く人の群れは一定方向を向き、先にある灯を目指して何処か浮ついた足取りで歩いていた。その中をひとりで歩いているのは僕だけで、どこか居心地の悪さを感じてしまう。 喧騒を避けて道の端に寄ると、急に吐き気に襲われて口元を覆った。不意に右肩に重みを感じて、思わず体をこわばらせた。 「ゴメン、驚かせちゃった?」 口を抑えたままおそるおそる視線を声の方へと向ければ、懐かしい顔が視界に映る。そこには浴衣に身を包んだかつてのクラスメイトが居た。薄ぼんやりとした夜の中に浮かんだ、今にも溶けてしまいそうな儚い笑顔を僕はよく知っている。あまりにも突然の再会に驚いて、数度瞬きを繰り返しては、目を凝らしてその姿を確かめた。 口元にそっと添えた細い指先。小首を傾げる仕草。こてりと顔が傾いて、肩で束ねた栗色の髪が揺れていた。 「ナツキくんに会えるとは思わなかったなぁ……」 カラコロと鳴る音は彼女の履いているだろう下駄のものだろうか。 道の端々にぶら下がった提灯の明かりでは、足元は暗くはっきりと確認はできなかった。 抑えたように話す静かな声が、人々の喧騒と蝉の音に掻き消されそうなほど小さく僕の耳に流れ込む。何かを言おうとしては躊躇う僕に、彼女は困ったように眉を下げて笑った。 真っ直ぐな道を無言のまま、先にある灯りを目指して歩いていく。歩くごとに目に入る灯の数は増えて、朧な光は蛍のように川縁に集まっていく。 「そろそろお別れだね」 そう言った彼女の声は、ザワリと流れた杜からの風の音に掻き消えて、僕の耳には届かなかった。 僕は視線の先にある川の上を流れていく、いくつもの灯りをただ黙って見下ろしていた。
かれこれ三日三晩続いている戦勝の祭りはいまだ終わる兆しを見せない。長い苦難の時代から解放された民の喜びが、それだけ大きいということだろう。 そこら中に笑顔があふれ、老若男女の陽気な合唱が夜空に響き渡る。勢い任せに踊る人々の足どりに合わせて、まるで都全体が揺れているような気がしてくる。 私は熱狂する広場の片隅で、祝祭のにぎわいをぼんやりと眺めていた。 同じ空間にいるはずなのに、目の前の光景があたかも別世界の出来事のように感じられてしまう。 ――それは私が、もうこの世にはいない人間のことばかり考えているからかもしれないが。 (あの人は、こういうどんちゃん騒ぎが好きだった) 大はしゃぎで人々の輪に加わる姿が目に浮かぶ。きっと私も放っておいてはもらえなかった。手を引かれ、あちこち連れ回されたに違いない。 あれほど追い求めていた勝利だというのに、私の心はちっとも喜びを感じていなかった。 それどころか、己は取り返しのつかない過ちを犯したのではなかろうかという疑念が確信へと変わっていく一方だ。 自分の中で大切なものの順位が入れ替わったことに、気づかないふりをしていた。 それを認めて脆くなるのが怖かった。弱くなってしまえば勝てないと思った。 ひどく矛盾している。勝利よりもあの人を守ることの方が大事だと心の片隅ではわかっていながら、勝つためにあの人を切り捨てたのだ。 (……今さらだ。何もかも、もう遅い) ふと、空気が湿り気を帯びていることに気がついた。次の瞬間、ぽたっと頬に冷たい雫が落ちてくる。夜空を見上げると、いつのまにか月は分厚い雲に隠れていた。どうやら今夜はこれから天気が崩れるらしい。 民衆はぽつぽつと降り出した雨にはまだ気づいていない様子だ。このまま雨脚が強まれば、祭りの熱も冷めていくのだろうか――。 「……ふふ」 頬を再び水滴が伝った。雨にしては熱く大粒だった。
「俺たちも行こうぜ」 聞き慣れない盆踊りのメロディに尻込みしているヒカルの手をぐいっと引っ張って、二人で踊りの輪の中に飛び込んだ。この地域では昔から盆踊りといえばこの妙にポップな曲が流れる。親がちょうど俺たちぐらいの年齢に流行ったというその曲は、いわゆる『ダンシングミュージック』というやつで、軽快なリズムとノリの良いアップテンポな曲調が売りなはずなのに、クラシカルな振り付けの盆踊りにするなんて莫迦みたいだなんて思ってしまう。 「ちょっと待って、これで踊るの?!振りなんてわからないよ」 流れ出したイントロに戸惑っているヒカルの顔がとても可愛い。恥ずかしいんだか困っているんだが、ほんの少しだけ眉尻を下げたちょっと情けない顔が、ほんとに可愛い。 「だいじょぶだって、テキトーに合わせときゃいいんだよ」 周りの人の見よう見真似で踊り出すと、ちょうど曲のサビに差し掛かった。 『今夜だけでも』なんて歌詞が耳に入ってほんの少しだけ切なくなる。この祭りが終わったら、ヒカルは帰ってしまう。二人で過ごせる時間は、あと少しだけだ。 「んっ、ふ、フフフ、コウの動き、なんか変だよ!」 「そうか?手はこんな感じで、足はこんな感じだろ?」 俺がヘラヘラ笑ってめちゃくちゃな踊りを披露すると、ヒカルは肩を震わせて笑う。そして彼女も同じようにぎこちなく手を動かして、なんとか踊りのようなポーズをとる。どっちもどっち、とてもじゃないけど盆踊りだなんて言えない。でも楽しい! 「めちゃくちゃなのに、楽しいねぇ」 「だろ?この謎な感じがたまんないんだよ、俺の実家の盆踊り!」 弾けるような笑顔でレトロな音楽に合わせて踊るヒカルが愛おしすぎて、俺は思わず彼女を後ろから抱きしめてしまった。 「コウ、そんなことしたら踊れないよ〜」 「ごめん、でもめちゃくちゃこうしたくなった」 ぎゅっとヒカルを抱きしめて、夏の思い出を噛み締める。明日からはまた別の日々が始まってしまう。でもいつか、二人でここに戻ってこよう。 輪の中で立ち尽くす俺たちのことは、他の皆はそろって見ないふりをしてくれる。 『今夜だけでも』なんて歌詞はクソ喰らえだ。
※800字オーバーしたのでダメなタイプのSSです 「あなたは今日中に望みをかなえなければいけません。望みは昨日神前で願ったことです。なにも難しい話ではないでしょう。想い人に告白するだけなんですから」 という神様の使いから二度寝を妨げられたのが朝。それから四六時中「告白しろ~」と私にしか見えない幻覚及び幻聴に付きまとわれる。さらに輪をかけて面倒くさいのが「いいんですか、貴方が告白しなかったら世界が終わります」なんて脅しも兼ねているということ。 「グズグズしている暇はありません。世界が終わるまであと〇〇時間ーー10秒経過しました」 「不穏なタイムキープ止めてよ」 「じゃあ何のために神頼みしたんですか。叶える気もない願いなんて神様に失礼ですよ」 「だ……って」 色んな思いがこみ上げてきて反論できない。好きだから告白するなんて簡単な話だったら悩んでなんていないのに。言葉を噛みしめた私に自称神様の使いは溜息を一つ。鬱陶しい説教とか世話焼きじゃないんだと安心したのが甘かった。 「煮え切らないようですので先方に連絡しておきました。今夜境内で会うそうです」 「あ”ーーー!」 神様の使い本当に分かってない。人間の心ってモノ、全然分かってない。情緒の積み重ねとか大事だし、勝負には地の利、人の和、時の運が大事っていうのに。 「だって最初から失恋する予定でしょう」 「う”ーーー!」 ヒトは超常の存在とは分かり合えないのだ。私は一つ賢くなった。 神社の参道を下駄で登るのは無理があるから浴衣にスニーカーを履き、昨日幼馴染と通った道を一人で登る。 昼間に私を誘ってくれたのは下調べだって分かってた。幼馴染でかつ喪女喪女しい私なら用事がないってナメきってるのも知ってた。普段、無視しているくせに女子ウケについて聞いてくるときだけ一方的に連絡するのも理解してた。 悔しい、惨めだ、悲しい、一方的に私だけが好きなんてバカみたい。だってアイツが私を尊重してくれる日なんか来なもの。 石段を登る度に汗で化粧が落ちて、落ち武者みたいになった姿を境内の端っこで直して、それでも可愛い女の子に擬態できなかった私の積年の思いは「そっか、あんがと。じゃあ、彼女待たせてっから」で終わった。昨日までは彼女いなかったくせに。 「ありがとうございます。これで世界は救われました。じゃあ、私はこれで」 神様の使いもアッサリ消えて、賑やかな境内に一人ぼっちの私だけが残される。花火が上がると歓声があがりフラッシュのまばゆい光が目に刺さる。 家族連れも友人同士も旅行客もカップルも、きっとここにいる人間は花火を喜んで夏祭りを楽しんでいるのだ。けれど私は違う。 人込みから離れて社殿に向かい、賽銭箱の上の本坪鈴を揺らす。 さて何を願ってやろうか。今の気持ちなら断然決まっているのだけれど。 「明日この先もクソな毎日が続きますように」 人生はクソだ。毎日はクソだ。だからもっと多くの人間がクソだと思えばいいと、私は世界が救われることを願った。
832字SSオチなどない。 花しずめの祭りは桜の花散る頃、花びらの舞うにまかせて疫病の流行る。 娘たちは額に花つけて、さんささんさと口ぐちに花の散るも厭わずに桜の枝を振った。歳は七つ八つ、顔におしろい、唇に紅粉さして、そろいの着物。 その娘たちが「あねさま、あねさま」と呼ぶ、歳は十四の白皙の乙女は、額に桜色の枝生やす。枝先には散らぬ桜の花開かせて、千歳桜と人は呼ぶ。 ああ今年も、千歳桜は散らぬ桜と人々が十四の娘を輿に乗せる。花しずめの娘行列は、日暮れどきの影をながながとあぜ道に伸ばす。 「さんささんさ、そーれ。さんささんさ、そーれ」 先頭の娘二人のかけ声にあわせて、桜の枝持つ娘たち二列が声をあげる。千歳桜の輿の前を、額に桜の枝つけた娘行列が先導する。右手には桜の枝を持ち、左手には手持ち棒の先に提灯を下げている。娘たちはあぜ道の途中でいちど休んだ。そのときにそれぞれ提灯に火を灯したのである。 千歳桜のお輿行列は、額に桜の枝つけた娘たちが先導する。夕暮れどきにはじまって、集落をぐるり一周まわるころにはすっかり夜になっていた。 お輿行列のあと、連れだって歩くのは娘たちの親である。めいめいが娘たちに差し入れを持って歩いている。休憩のたびに娘たちに食べさせるやら飲ませるやらして、どうにか娘たちをはげます。長い道中、慣れぬ足袋と草鞋に血をにじませて、泣き出す娘もいた。 「さんささんさ、そーれ」 休憩が終われば、ふたたび娘たちは歩きはじめる。右手に持つ桜の枝はすっかり花が散ってしまった。左手の提灯を燃やして、あぜ道に投げ捨てた娘もいる。付き添いの若衆が代わりの提灯を手渡して、娘行列は休みなく歩く。 「さんささんさ、そーれ。さんささんさ、そーれ」 娘たちのかけ声が途絶えると、田圃わきの水路の流れが聞こえる。薄暗がりに赤い鳥居の見える。鳥居の右わきに水色袴の水干が立つ。手には提灯、頭には黒い烏帽子をつけている。 千歳桜のお輿行列は、鳥居をくぐって境内で終わった。
同じく800字オーバーです、すみませぬ… ◆ 「やべえ、見て見て。祭りやってる」 後ろからケイにTシャツの袖を引っ張られてその視線の先に目をやった。 こぢんまりとした神社のきれいに掃き清められた境内はいつもとは違って沢山の人で賑わっている。どうやら祭りの準備らしい。いや、祭りというよりは。 「わー、あそこの屋台、焼きそばだ。食いてー」 祭りに付き物、所狭しと並ぶ屋台の設営中のようだ。 「なぁなぁ腹減らね? 店開くまで待ってみねぇ?」 「あのな」 指を咥えそうな勢いのケイはまだ骨組みだけの店の傍らに立つ幟に心を奪われているらしい。夏、祭り、屋台、焼きそば。いや確かに、その誘惑に抗えない気持ちは痛いほどによく分かる。けれど。 「あのな。あれ出来るの待ってたら確実に遅刻するぞ」 「や、まぁ、そりゃそうなんだけどさぁ」 「夜講習、俺は遅刻する気はないからな」 盛夏の夕暮れ。陽が山に差し掛かるまでもう少し。時間の輪郭は少しぼんやりとしている。けれど腕時計に目を遣れば、そこには厳しい現実があった。 「おい、あと10分だぞ!」 「え、まじ? もうそんな時間? コンビニ居すぎたか。あぁぁ、くっそ、明日だったら塾休みなのになぁ!」 「焼きそばなんかいつでも食えるだろ。行くぞ、ちょっと走らないとやべぇ!」 駆け出す俺の後にケイも続く。 「おっまえ、分かってねぇな! あそこの焼きそばはあそこでしか食えねぇんだよ!」 「だったらひとりで行ってこい!」 「違げぇって、俺はいまおまえとあそこで食いたかったのー!」 隣に並び喚くケイに心の中でああそうかよと返してひた走る。そりゃあ俺だって受験さえなければ夏を満喫したいに決まってる。けどな、今年はしょうがねぇだろ、お互いなりたいもんがあるんだ、いま頑張らねぇでどうすんだ! 暮れゆく街を駆け抜けて目的のビルへ飛び込むとなんとか時間に間に合った。 「っあー、暑っちい、くっそ、めっちゃ汗かいた、あー、勉強なんてしたくねぇ」 「うるせぇ、言うな。余計やる気無くす」 「へいへい。……なー、ユウ。今年は我慢するけどさ、来年めっちゃ遊ぼうな」 ビルの二階へ階段を上がりながら、つい最近陸上部を引退したケイは息ひとつ切らさずに笑った。 「おまえな。受かってから言え」 「だいじょーぶ。努力は裏切らねぇよ。だからさ、ユウ、約束な」 来年は一緒に祭り行こう。 に、と笑った幼なじみの全開の笑顔に、俺はやっぱり絆されずにはいられなかった。
祭り要素少なめな上に、800字超えてしまいましたが…… 遠くで祭囃子の音が聞こえる。なにぶん娯楽が少ない小さな村だ。年に一度の祭りには、ここぞとばかりに多くの人が訪れる。 「兄ちゃん、ぼくもあっちに行きたい」 「ダメだ。まだ準備が終わってない」 「えー」 唇を尖らせて、いかにも子供のわがままといったふうに弟はぶすったれる。決して聞き分けの悪い子ではないが、まだ七つになったばかりだ。楽しそうなことがあると、そちらに気を取られてしまうのは仕方がない。 「千晶、いい子だから少しだけじっとしてくれ」 人の寄り付かない薄暗い廃社で、弟の着物を整えてやる。出店の前を通りがかった時に見かけた若い女の子たちは、皆色とりどりの浴衣に身を包んでいた。だけど今、千晶が身に纏う着物はひどくくすんだ色をしていて、わざとみずぼらしい格好をしているような有様だ。 「ふふ。くすぐったいよ」 襟元を正してやると、千晶は俺の指をくすぐったがってくすくすと笑い出した。 「我慢しろ。ちゃんとした格好をしないといけないんだぞ」 「はは、あはは……あ、兄ちゃん。違うよ」 それまで鈴が鳴るように笑っていた千晶がふとそう言って、俺の指を小さな手でぎゅっと掴む。 「合わせが反対だよ。これじゃあ間違ってる」 大人しく世話を焼かれていたのが嘘のように、千晶は慣れた手つきで着物の襟元に手を掛けると、左側を前にした。 「兄ちゃんでも間違えることがあるんだね」 「……ああ、兄ちゃんうっかりしてたみたいだ」 しぼり出すようにそう口にすると、千晶は屈託のない顔で笑った。闇の中でも際立つ栗色の巻き毛も、日本人離れした整った鼻梁も、全て俺とは似ても似つかない。それでも俺にとっては大切な家族で、宝物だ。 十年に一度の祭りの日、若くして子供を亡くした土地の守り神の悲しみを沈めるために、七つの子供を生贄として捧げる。廃社の奥深くに歩んで行った子供は、二度と村には戻って来ない。 「みんなに嫌われても、兄ちゃんが優しくしてくれて嬉しかったよ」 神様も一人ぼっちじゃきっと寂しいよ。そう言って、千晶は泣きそうな顔で笑った。
今夜の祭りを境に、我が初恋の君は人間ではなくなる。 四方を山に囲まれ世間から隔絶されたこの村では、現人神を祀るだなんてことが未だ当然のように行われていた。最も、私だってインターネットを通じて外の世界を知るまでは、そういうものなのだと信じて疑っていなかったのだが。 昨年、先代が病没した。後継として白羽の矢が立ったのが彼女だった。 彼女はその要請をすんなり受け入れた。「神様になれるなんて夢みたい」と笑っていた。おじいちゃんたちもすごく喜んでるんだ、と。 本人が嫌がっていないのに、私が口を挟める訳もない。 同世代であるとはいえ、自分にとって彼女は高嶺の花であり、もとより別世界の人間のようなものだった。 彼女が神になったとなれば、ひた隠しにしていた崇拝じみた感情だって表に出せるかもしれない。ならば、私だって楽になれるじゃないか――。 そしてその時は訪れた。 神社の境内に特別に設けられた舞台の上で、彼女は榊の冠を載せた頭を垂れ、神主の祝詞を受けている。 この儀が終われば、彼女は人ではなくなるのだ。 「……あ、」 最後の瞬間、私は見てしまった。彼女の顔が、ひどく悲しげに歪んだのを。 直後、彼女の表情はすっと消えた。 神々の世界が現世に最も近づくこの祭りの日、神は依代の身に宿り受肉する。 彼女も先代と同じく、これから二度と笑いも喋りも眠りもしなくなるのだろう。 私は無意識のうちに後ずさり、気づけばその場から走り出していた。 鎮守の森を抜け、畦道を駆け抜ける。走りながら、衝動のままわめいた。 何が神だ。罪のない少女を一人犠牲にして、何をいけしゃあしゃあとご利益を得ようとしているのだ。 しかし、全てはもう手遅れだ。私は確かに、己の中でも彼女が神になったことを感じ取っていた。 我が唯一神。この先ずっと、私はそれを崇めて生きていくのだろうと悟った。
深い闇の広がる眼下の向こうに、ぽつんと小さな明かりが灯る。ひとつ、ふたつ、そばを風が通り抜けるたびに揺らめく篝火は増えていった。 「もうすぐ祭りが始まるよ」 石敷きの段差をしゅるしゅると下っていた蛇が頭を持ち上げ、階段脇の暗がりを覗きこむ。茂みのなかで小さな火種が点滅した。 「もうすぐ祭りが始まるよ」 蛇は割れた舌先を出し入れしながら繰り返した。 「見てごらん、麓はもう火の海のようだ。ごうごうと燃えてるよ。あれだけ明るければお天道さまもきっと応えてくれるだろう。きみは参加しないのかい?」 「ぼくはまだ……」 か細い声が尻すぼみに消えていった。影がゆらゆらと曖昧に動いて、やがて小さな子どもの姿を形取る。膝を抱えた少年が茂みのなかにうずくまっていた。 「怖いのかい?」 少年は首を横に振った。 「だったら一緒に下りようよ。祭りにはご馳走がたんと出るって噂だぜ。オレたちずっと飲まず食わずでここまで来たんだ、こんなシケたところにいたってどうしようもない」 「ぼくはまだ……」 続く沈黙に、空気のふるえる音が重なった。もし蛇にため息がつけたならこんな音がしただろう。 蛇が頭を持ち上げて、階段の先を舌で指し示した。赤々と燃え盛る麓とは何もかも正反対の、暗い夜空に吸いこまれるこの世の果てを向いていた。 少年が見上げた先で白い袖が翻った。ひらりひらり、闇に沈むごとに新たな色に染め抜かれ、黒塗りの下駄が石敷きを踏むごとに折れ曲がった背中がすらりと伸び、色を失った髪が艶やかな黒髪となって背を撫でる。ほんの前に老婆として現れたその女は、少年の差し出した手を取る頃には彼と同じ年頃の少女となっていた。 「待ちくたびれた……」 「また会えたわ……また会えたわ!」 再び空気のふるえる音がして、蛇が階段を降りていった。ふたりはお互いだけを見つめ合い、その後を追いかけるように身を寄せ合いながら篝火の麓へと入っていった。 楽しい企画をありがとうございます。813字、見事に撃沈です。 同じテーマでも皆さんそれぞれに路線が違っていて、読むほうとしても楽しませてもらっています。
1243字。めちゃくちゃ文字数超えてます、すみません! こっちだよ、と手をひかれるまま歩いた。屋台に、お囃子、ちょうちん、お面を被った子ども。あたりは祭りの高揚にぼんやりと輪郭をなくして、ゆっくりと揺蕩っているようだった。 「どこまで行くの?」 「もうちょっと」 そう言って笑うのは私より少し年上の、十歳くらいの女の子だ。祭りで家族とはぐれて浴衣もはだけ、下駄の鼻緒で靴擦れまでして泣いていた私に声をかけてくれた、地元の子だ。「この辺の子じゃないね、どこから来たの?」「東京」「遠いね。足、痛いでしょ。休めるところがあるから一緒においで」と優しく言われて、頷いてしまった。 人でごった返していた神社へ続く道をそれて、女の子は薄暗い林の方へ歩いて行く。けもの道のようなわき道に入るとたちまち人影が消え、下草を踏み分けるかさかさした音が大きく響いた。「ねえ暗いよ、ここ。やめようよ」「大丈夫」 やめればよかった、と私は唇を噛みしめた。でもこんな人けのない場所まで来てしまって、一人で戻れるとも思えない。足の親指が擦れて痛くて、涙が出た。私の手首をしっかりと握る、女の子の冷たい指だけが頼りだった。 「ついたよ」 やがて女の子が言った。怖くて半ば目を閉じていた私は、彼女の言葉に顔を上げ、言葉を失った。 「……すごい」 目の前にあったのは満天の星だった。彼女はでしょ、と満足げに笑う。 「ここなら座って休めるから」 彼女の言う通り、木々の途切れた広場には二人並んで座れそうな石があった。底へ腰かけて、私たちはずいぶん長いこと話をした。女の子の話は面白かった。天狗のいとこや、河童の友達のお話を次々に聞かせてくれた。 「……そろそろ帰ろうか」 女の子が言った。私はここへ来るまでの恐怖などすっかり忘れて、こんなに楽しいならもう少しいたっていいのにとさえ思った。けれど「お母さんが心配してるよ」と言われると急に親が恋しくなって、下山することに決めた。 行きと同じように、女の子に手をひかれて山を下りる。神社の境内が見えてきて、母の後姿が目に入った。女の子は「あとは分かるね」と私の手を離した。私はその言葉を最後まで聞きもせず、夢中で母の方へ走った。「お母さん!」 母は弾かれたように振り向いた。真っ白な顔をして一瞬呆然と私を見つめ、我に返ったように私の名を叫ぶ。 「どこに行ってたの!」 あまりの剣幕に耳がきんとした。私は驚いて、「足が痛くて」と口の中でモゴモゴ言った。母は私をきつく抱きしめて、声を張り上げて泣いた。 後で大人から聞いた話によると、私は祭りのあと三日間も行方不明になっていたらしい。土地神様に会ったんだなあと父はのんびり言った。子供好きの神様だそうだ。母は「バカなこと言わないで、この子が死ぬかもしれなかったのに」と父を叱ったが、私は父の言うことが正しいと思った。白い肌に、冷たい指の、女の子。また会えるかなと次の帰省を楽しみにしていたのに、翌年に両親が離婚してしまったせいで、父の地元にはもう行けなかった。 その神社は三年前の土砂崩れで、跡形もなく消えてしまったらしい。
東京の人は、金魚すくいなんてやらないらしい。 「だって、あきちゃん、金魚持って新幹線乗りたくないでしょ?」 混み合う通りを縫うようにして歩きながら、ユウ君が笑う。じゃあ、ユウ君が飼えばいい。そう返したら、彼は苦笑交じりに首を振った。 「やだよ。水槽とかポンプとか、持ってないし」 「ネットで買えば次の日届くんでしょ? 岩城みたいなド田舎とは違うって、言ってたくせに」 「まあ、そうだけど」 立ち並ぶ屋台に目を投じ、ユウ君は眉尻を下げる。いちご飴に牛串、トルネードポテト。どれもこれも、地元にはない食べ物だ。日が沈み、飴色の光に照らされた売り子のおじさんたちも、当然知らない顔ばかり。 やっぱり、東京って軽薄だ。 お囃子のBGMに耳を傾けながら、そんなことを考える。華やかで楽しくて面倒なことは一切なくて。大勢で集まっていても、風が吹けば落ち葉みたいに散ってしまいそうな脆いつながりしかない。 お互い子どもだったころ、競うように金魚をすくった。ユウ君に勝ったことはないけれど、源さんはいつも私に二、三匹おまけしてくれた。斜向かい住んでいて、面倒見の良いおじいさんだった。 町内のお祭りは、地味だけど知っている顔ばかりだった。だから、きらびやかなハリボテに染まるユウ君をみていると、なんだか悲しくなってくる。 「なに、浮かない顔して」 垂れた目元が、私の顔を覗き込んだ。手にはキャラ物のケースをまとったスマホ。彼の趣味とは、完全に異なっている。 「もうすぐ休みが終わるから、憂鬱なんだろ? 大変だねえ、高校生は」 俺はまだ、一か月あるからね。そう言って、ユウ君はスマホに向き直る。付き合ったばかりの彼女と、ラインでもしているのだろう。大学に入ってはじめて、彼女ができたとはしゃいでいた。 金魚、飼えばいいのに。 誰に言うでもなく、頭のなかで独りごちる。昔は毎日ふたりでエサやりをしていたのに、今や持ち帰るのすら面倒くさいだなんて。あの時の金魚は、今でも我が家の池を泳いでいる。 ねえ、あの時みたいに、金魚すくいやろうよ。一匹くらいなら、邪魔にならないよ。狭いアパートで泳ぐ金魚を見ながら、今日のことを思い出してよ。 射的に型抜き、かき氷。言えない気持ちが、色鮮やかに通りすぎていく。祭りの景色になんて目もくれず、ユウ君は小さい画面を眺めている。 ――― 800字超えすみません。楽しい企画ありがとうございます!
方言があります。BLです。 ===== 祇園祭。京都三大祭りに数えられるこの催しは、夏真っ盛りの七月に行われる。 ただでさえ蒸し暑い盆地におびただしい数の見物客。かつて家族で出向いた際に危うく熱中症になりかけた俺は、この祭りには二度と行くまいと誓っていた……のに。 「先輩、連れてってくださいよー。地元でしょ」 「嫌や。お前ん家の近所やし、一人でサーッと行けるやろ」 「俺、大学と下宿の往復しかしてないんで近所でも無理です」 ――その後もできうる限りの抵抗はしたのだが、結局は押し切られてしまった。 *** 最も大きな祭事がある日なだけあって、通りは幼少期の記憶と同じく人で溢れかえっていた。 「なあ帰ろうや、こんなん死んでまうで」 「大丈夫ですよ!ほら、お茶凍らせてきたんで!」 やたらとテンションの高い後輩は、そう言って鞄から取り出したペットボトルを俺に押し付けてくる。 「え、あー、ありがとう」 「じゃあ出発!」 「あ、こら待て!」 勝手な行動はさせまいと慌てて手首を掴む。すると意外にも、相手は素直に足を止めた。 次の瞬間、後輩は手首を器用に返し、ふっと浮いた俺の手を捕まえて強く握った。 ――非常に手際よく、手を繋がれてしまった。 「……おい、」 「いやー、京都ですね!」 不自然な大声で叫んだのち俺に背を向けた後輩は、こちらの手を掴んだまま歩き出す。 突然の出来事に停止していた思考が徐々に動き始める。先程の手を握る流れは、まるで何度もシミュレーションを重ねていたかのようにスムーズだった。 「……お前、手ぇ繋いだろ思て祭り誘ってきたん?」 「え?違いますよ」 手をさらに強く握りこまれた。図星を突かれて動揺したのだろうか。 「まわりくどいわー……」 ため息をつきながら、繋いでいない方の手で凍ったペットボトルを首に当て、上昇した体温を落ち着けようとする。 なんだか頭がふわふわしてきた。……熱中症には十分注意を払わねば。 ===== 実在の祭りで書くぞというテーマだったのですが、祇園祭要素は「人が多い」「暑い」しか出せませんでした……。 しかもこの二点はきっと全国の夏のお祭り共通ですね。