>①ソシャゲのイラストでは有名な構図を利用したキャラすげ替え絵はよくあるのか? ソシャゲの走りであった某アイドルゲームも、現実世界のアイドルや特撮・ゲームを元ネタにした要素がふんだんに入っていました。 それらは「分かる人はニヤニヤしてしまう」ものでした。 >②元ネタが著名で容易に分かるのであれば、作品と関連性の低い映画等別の創作物の構図を利用することをパロディやオマージュと感じるか?それとも構図を利用しただけと感じるか? 基本的には、パロディやオマージュと感じます。 ただ関連性を論じること自体がほとんど意味のないことだと思っています。 なぜならば、関連性が99%でも1%でも「関係ある」と言えると考えているからです。 関連が100%の創作があるとすれば、関係者が描いたり続編だったりする場合です。 関連性が0%の創作があるとすれば、地球の反対側で描かれた無名の絵くらいなものです。 (作者サイドも知らず、たまたま似てしまったようなもの) じゃあなぜ関連性1%でも関係あると言えるのかと言えば同じ「作者」を通じているからです。 (ソシャゲの話なので正確には制作陣とするべきところですが、分かりやすく作者とします。) 例えば、上に挙げた某アイドルソシャゲのファンがいたとします。 その人は創作活動も行っており、ミリタリー系のイラストを描きます。 そして、某アイドルがミリタリーな格好をしている絵を描きました。 周囲から見れば、まったく関係のない絵だと思います。 しかし、その作者からすれば「両方とも自分が好きなもの」という共通点があるわけです。 だから、アイドルのミリタリーパロを描く理由がそこにあり、そういった二次創作が生まれます。 それと同じことは、漫画やアニメの世界でも起こったりします。 原作には微塵もかけらのない画家のパロディをしたアニメOPがありました。 アニメ監督がその画家のファンであり、OPにそれをモチーフとしたイメージを使いたいという理由でそういったOPになったこともあります。 エルフェンリートのOPとグスタフ・クリムトの絵を比べてみた(元ネタ) https://nekokuroneko.blog.fc2.com/blog-entry-183.h… このように、周囲から見れば関連0%だと思うものでも、その「作者」からすれば、 自分が生きてきた中で「見てきたもの」「良いと思ったもの」という関連性はあるわけです。 創作とは、そういった様々な養分を吸って、自分の中で化学反応を起こしてアウトプットするものです。 なので、関連性0%だと思っても、その「作者」の中では関連性があったりすることは多分にあるわけです。 そういう意味では、パロディやオマージュをするならば 周囲から見ても分かりやすく関連性があるものが上手で良いオマージュ・パロディであり、 分かりにくいオマージュ・パロディは下手で悪いオマージュ・パロディなのかな、とは思っています。 中にはこじつけみたいなオマージュ・パロディをする人もいます。 「そんなん分からないよ!」「気づかんわ!」って言われちゃったら、それは悪手だなとは思います。 ただ、まったく関係ないと思ったオマージュ・パロディでも、それが作者側の隠れたメッセージ・暗喩であるなんてこともあったりします。 なので、オマージュ・パロディであるならば、そこに何かしらの意図はあると考えています。
①イラストだけでなくイベストでも映画パロをやったり、ネットミームを使ったり、色んな場でパロディやオマージュは使われています。 ②元ネタが分かる形で表現されていること自体が、パロディやオマージュだと感じます。 例えばパクリは、元ネタが分からないように、アイデアそのものから自分の利益にするようにやるものです。 元ネタが容易に分かる形で表現している時点で、元ネタへの敬意を感じます。 悪意があって元ネタを利用する人達は、元ネタの存在を隠しますから。
>>2
①初めてのソシャゲで、かつパロディのようなコンテンツが今までなかったこともあり、知りませんでした。ソシャゲ黎明期から多用される手法なのですね。ありがとうございます。 ②URL先のブログ拝見しました。ここまで徹底してクリムトを踏襲していると、たしかに作品との関連性の大小ではなく制作側の(私にはオマージュの)意図を感じます。 仰るとおりで、関連性0とは作者以外は誰も言えないですね。こちらが関連性がないと感じても作者にとっては何らかの、もしかしたら作者個人の非常にプライベートな経験などが反映されていることもあるだろうと思いました。挿げ替えという言葉を使いましたが、作者にとってはそのキャラクターがその映画の構図のポーズをすることに何らかの意図があるのでしょう。そうであって欲しいです。 悪手のパロディ/オマージュという表現になるほどな…と思いました。しかしながら結局は作者の意図を汲み取ることができない、または制作者の個人的な感情の可能性を受け入れられずに素材扱いと感じてしまう私と制作者側との不幸なすれ違いなのだなと思いました。 コメントを拝読して、制作側への批判的でがっかりした気持ちからだいぶ冷静になることができました。ありがとうございました。
>>3
①やはり業界の慣習的なところがあるのですね。ありがとうございます。 パロディなどは内輪ネタ的に盛り上がるところもあると思いますが、ソシャゲの場合スクショをSNSで共有するので、パロディの活用はよりソシャゲ向きなのかもしれないと思いました。 海外製のソシャゲで過去にも他社商標の無断使用があったのでやや過敏に反応してしまったかもしれません。 ②元ネタに対して明示的かどうかを指標にするのも一つの方法ですね。コメント3にも書かせていただいたのですが、たしかに作者の意図するところは分からないので、仰るようにパクリか否かというのが判断の最低ラインにも思います。 しかしやり過ぎというか限度があるのではないかとも感じます。特に今回はスキン絵ほぼ全て別々の映画の構図なので、それっぽいものを掻き集めてきたのでは?と感じてしまうのも事実です。明示的か否かだけを判断基準にすると、パロディ/オマージュ元への何らかの感情があれば過去の作品をどれだけどんなふうに扱っても良いということになってしまわないでしょうか。 今回はそういったところから風刺等の意図やリスペクトがない、素材化しているように感じたのだと思います。素材を利用する際にあまり悪意はなく、良いと思った構図等を利用すると思いますし、もちろんその「良い」という感情もオマージュの原点になり得ますが、私にとっては今回の課金スキン絵はやややり過ぎだったのでは?と感じるものだったということでしょう。 自分の考えに凝り固まらずご意見を聞くことで、改めてきちんと考えることができました。ありがとうございます。元ネタが容易に分かれば元ネタへの敬意の表出であるというのもその通りで、作品によっては私もそう感じる場合ももちろんあると思います。
文中のコメント3はコメント4の誤りです。すみません。