原作軸ばっかり描いてたら自然と同じような人が寄ってきますよ
>>41
好きな気持ちも、ファンである事実も変わらないのに、自分からファンではないかもしれないと思い込んでいました。 経験の少なさが原因かもしれません。 小さなことにくよくよせず、私なりの原作の応援の仕方を見つめ直してみます。ありがとうございます。
「自分の好きな型にキャラ・設定をはめこむ」のが得意なタイプの人っていますよね。 どのジャンルに行っても同じ要素(主人公受けとか体格差カプとか)にハマるみたいな。 トピ主さんのジャンルにはそういうタイプがたまたま多かっただけかもしれません。 二次創作のやり方は色々で、自分とは行く道が違うんだ、と思えたら楽になりそうだと思いました。 迷わず行けば仲間も見つかるかもしれませんし。
うちはこれをアニメ公式がやるからなあ。ほんとキツイ。
>>40
コメントした者です。 見たくないものをわざわざ見てモヤモヤするのは〜、と書いたけど、見たくないものというカテゴライズするのは自分だからね! トピ主が至らないわけではないけど、偏見と主語デカはとりあえず和らげてこ! 偏見がある(原作関係ないパロを好む人達への)から僅かな情報だけで曲がった受け取り方をして、そのせいでどんどん自分を苦しめる。 偏見元の経験があるのかもしれないけど、経験を偏見にしてしまったのは自分だからね。でもそれは至らないことではないです。 偏見っていわば自己防衛の思考(パターンから予測して自分に都合の悪いことから回避するための考え)なので、人間の脳は自己防衛する本能があるから、フツーのこと。 で、 原作のことって自分の好きなように考えたパロと別次元だったり、もっと奥深いところにあるものだから、 原作を大事にしてる人の中には安易に人に喋りたがらない人もたくさんいるってことは分かってほしい。 そういう人にこそアプローチするために、自分の思う原作の好きをいっぱい発信し続ける。そしたら共鳴してくれる人が現れるかもしれない。 トピ主が周りを信用していないように、周りもトピ主と深い話できる人なのか、探ってるかもしれんよ。信用と信頼ってすぐに得られるもんじゃない。 むしろほんとはトピ主と同じような人沢山いそうだけどな。 私は先に信頼関係構築してから原作の話するようにしてる。 相手が大事にしてるものほど、反することを言えば違うな…となるので、慎重に擦り合わせしてる。 コツコツ信頼作ってくしかないけど、偏見で窓口狭くするのは悪くないけど良くもない。 例えば、宝くじも買わなきゃ当たらないからね。 でも宝くじ買うのが心のお財布の負担になるなら買わずにさ、 散歩しながらもし当たったらの妄想でもして買い食いでもしながらさ、ゆっくり帰ろうよ〜って感じ!
原作を自分が正しく読み解いてリスペクトしているという考えこそが一番傲慢で、陥りやすい罠。 原作を大事にしているというのは、自分が原作から受け取ったことを正しいと考えることとは全然違う。 それは原作愛でも何でもなく、ただの自己愛なんよ。 原作者も神だけど人間だし、ミスもする。 編集の都合や脚本の都合もある。 だから原作者が明言しない限り、私たちはどう受け取ってもいい。その受け取り方は千差万別。 例えば、結婚が幸せのシンボルと思う人もいれば、そうでない人もいる。 結婚を幸せとする話を、結婚という制度に懐疑的な人が受け取るのと、結婚こそ二人の幸せと考える人が受け取るのって、違うと思う。 だから、その人の人生や触れてきたものにも寄るんだよ。原作の受け取りですら。 原作の話でも受け取り方変わってくるから、受け取り方の傾向似てる人と気兼ねなく喋れるように、そういう人との縁をゆっくり探していこう。 数十人とやり取りしてたけど、結局気兼ねなく楽しく話せるのはその中で一人くらいだったよ。学年のうち一人くらいの確率だった。 パロが流行ってることを嘆くトピ見るたびに、なんで周りの環境のせいにしてるんだろうって思ってた。 原作愛を盾に他人の行動を下に見て、自己の正当化に利用している自覚が無かったり。 まず自分が変わるしかない。結果が伴う保証はない。 行動を選んだのは自分という意識をどっかやっちゃうのかなって思ってたから、わりと長文をお昼休みに書いた