創作するのは自由で、誰にも迷惑かけたりしないのだから、頭の中でプロットができているのなら自分のために好きに書いていいんじゃないですか。
WEB漫画の胎界主が脳裏をよぎりました。これは2005年から現在も連載が続いている「長い」「暗い」「重い」「むずい」系の群像劇作品ですが好きで追いかけてますよ。 主の作品は全て完成してから出す感じなのですか? 最終目標が自己満の完成なら何も言えないのですが、せっかくなら更新に期間が空いてもいいから一部、二部、三部…みたいに連載したらいいのにと思いました。 長く一つのものを作り続けられるということはそれだけで価値がありますので。
まだどこにも作品を発表してないのですか?一次創作ですよね? 第一部完結なら、区切りもいいし、オンラインノベルサイトがたくさんあるので、自作の傾向に合いそうなところへ投稿されてみては? SFも群像劇も創作としてはそれなりにメジャーで一定のコアなファン層がいるので、タグなどを間違えなければ読んでもらえると思いますよ。昨今の傾向はライトノベル一色に見えるかもしれないですが、そうではない作品もたくさん掲載されているので。 ただ、それを面白いと言ってもらえるか、評価が付くか、は作品自身の持つ力次第だと思います。 まずは上記のサイトを見て、ご自身の作品と似た傾向の作品を探してみるといいかもしれないですね。
長い 好きにせえ
52万字、純粋にすごい 何処かに発表はされたりせず、トピ主さん個人で楽しむ目的のためだけの作品ですか? もしもリアクションなどが気になるということでしたら完結してからの発表だとちょっと現実的ではないと思うので、一部完結ということで発表のタイミングとしては良いかなと思いました (読者の反応によっては筆が進むか折れるかどちらに転ぶか不明瞭な部分もありますが) 壮大で楽しそうな世界観ですね 創作活動頑張ってください
読まない間に設定とか展開を忘れるので漫然と続くのは苦手です でも、ハマったら何度でも読むので結局読んで面白いかどうかに尽きるかと 微妙に答え方がわからない問いかけだったのでふわっとした回答ですみません
前トピにペンネーム書いてるし質問の体をした宣伝じゃん
思った サイエンスフィクション感ないよね ファンタジーだと思う
評価を気にしないなら好きに書けば良い 評価を気にするなら、もっとスピーディーな展開にすべきだと思う トピ文読む限り宇宙に出てからが話のメインなんだと思うけど、それまでがあまりに長すぎる 絶対に要る部分ならしょうがないけど、本当に必要なのか見直した方がいいと思う
1.群像劇はストーリーが壮大になりすぎたりキャラクターが多くなりすぎてしまうと収拾がつかなくなり物語自体が破綻するか? 仮に長い年月かけて完結させたとしても、あまりの壮大さと複雑さに誰も読んでくれないか? 回答)ストーリーが壮大で複雑になるか、それとも冗長で退屈になるかは筆者の腕によるので、物語が破綻することと群像劇ということは関連性がない。書くために費やした時間の長さはもっと関連性がない。登場人物の多い複雑な物語でも上手ければ読まれる。 2.「宇宙を舞台にした異能力バトルSF」の場合、物語の中にどこまでファンタジー要素を組み込むか? 異能力の定義をどこまで広げるか?「fate」とか「リゼロ」とか「ハリーポッター」に登場する、いわゆる「魔法」要素を入れるか? 回答)それは作者が決めること。他者から見たカテゴリ分け(SFとファンタジー)の線引きや混交については「SF ファンタジー 違い」で検索するだけで基本的には事足りる。 ※補足情報は読んでいないです
1.長大で群像劇で破綻しないとしたら、終わりをきっちり決めていれば大丈夫だと思う。 歴史物の三国志や徳川家康など、長大かつ人大杉でも破綻してないのは歴史の人物だから終わりが決まっていてそこに辿り着くように書くからだと思う。 群像モノ小説の水滸伝(北方謙三が特におすすめ)と古いけど銀河英雄伝説(遠未来のSF宇宙もの)読んで参考にしてみてはどうでしょう。 2.SFで超能力モノなファンタジー。昭和の頃よくあったからおかしいなんて気にしなくていいと思う。それこそ昔あったジャンルを再興させる勢いでいいかも。 おばさんに昔見せてもらった昭和アニメだと、ゴッドマーズや地球へ(テラへ)など宇宙で超能力で人気あったのいくつもありました。 当時超能力が流行ってユンゲラーとかそういう人がテレビに出て人気あったのとSFも流行ってたから普通に合体してったと教えてもらいました。 自分も長大なSF系好きだから頑張ってください!
>>9
本当にヤバい人なのかもしれない 質問するフリして自作語りしたいだけだよねトピ主
>>13
ユンゲラーはポケモンや ユリゲラーや
1.群像劇、私も書いたことがあるけど破綻するときは自分が混乱してる時が多かった。 厄介なのが本人が自覚していない場合。よくある。 だからちゃんとコントロールが出来る範囲に収めるようにするのと、裏では色々決まっているんだけどどの情報を作品上に出すかをしっかり選定していれば、群像劇でもちゃんとまとまりが生まれると思うし最後まで面白く読めると思う。 ちなみに、書いている途中で(ここが肝)「こうしたほうがいい」と設定を追加し始めると終わりの始まり感がある。 プロット段階ならまだ全体を俯瞰できるので調整が効くんだけど、本編を書き始めてる状態で増やすのってそうしないと話が進まないからって理由もあって、そうすると説明的で飽きるし設定が多いって印象を受けるんだよね。なのでそこは注意しながら調整を勧める。 2.それこそ作者の腕の見せ所かと。 どこまで特殊な能力を持ち出すか、添える程度なのかは話のテーマによるし、そこは自分で考え抜いて決めないと面白いものにならないと思う。 でもファンタジーでもそこに絡む人間ドラマがないと起伏がなくなるだろうから、そことのバランスで決めるといいのかもね。
わろた
トピ主が最終ゴールをどこに持っていきたいかで話が違うと思いますが、まず書き上げたら満足ならそのまま書いていけばいいと思う。 みんなにウケたい、読まれたいなら、しのごの言わずに現時点で完成した物を人に見せられる状態にしましょう。 作家って、作家一人で話を作るんじゃないんです。 読者の反応から生まれる事ばかりです。 読者の反応を受けた後の自分じゃなければ浮かばない事もあります。 作者を起点とした相乗効果で作品は広がりをみせるので、まず今の状態で出しましょう。 そして編集も協力者もいない所謂素人が何もかもファンの反応をコントロールできるとおもってるのは奢りです。 自分の出したものからフィードバックを得るのも、書くことに大事なことです。 トピ主の作品を待ってる人がいますから、ネットでもなんでも、とにかく発表しましょう。