プライドが高くて完璧主義だから。 だけどこうした人は自信がなくて卑屈であることが問題だと思いがちだそうですよ。私のことですが。 自分がなりたい自分像が高すぎるけどその自覚がなく、達成できるはずもない目標を立ててしまってるのに叶わない幻に自分を駆り立てようと己に鞭を打ってばかり。自分が確固としてないのに周りに似たものがあると飲み込まれて自分がなくなりそうで怖い。でも周囲が同意を示してくれるとグラグラの自我を支えてもらったようで嬉しい。 自分の作品と自分を過剰に同化してないですか? 作品が認められると自分を受け入れてもらえたと嬉しくて、認められないと自分を否定されたと苦しくなってませんか。 作品と自分は違うものだと切り分けることが大事だということですよ。自分もなかなかできないのですが、作品や創作に過剰にのめり込むとそんな感じになりやすい。ライターズブロックについての本に書いてあったことの受け売りですが。 気になったら読んでみるといいと思います。
「わかる〜!」と人から伝えられると嬉しい、「わかる〜!」と人に思う・伝えることは苦しい。 自己開示されたい、したくない。人の考えを共有してほしいが、自分の考えを共有することに抵抗がある。と思った。 自分に自信を持ててないんじゃないかな。自信がないから自分を出すことが不安。パクリと思われるのが怖いというのも自信不足の表れに思うよ。
わかる〜って言葉がマウントに感じてしまうんですかね? そもそもわかるって言わなければいいのかも ここがいいですね。とか素敵ですね!とか 無難な言葉はいくらでもあるし、わかる!と言割れた時って実際トピ主の言ってる前から知ってたみたいなニュアンスを感じる時あるよ。
いうても二次創作なんてぼくのかんがえた最高の推しの見せ合いっこみたいなものだから、分かってもらってなんぼみたいなところあるしなあ というか共感が嫌なんじゃなくて単にその言葉が地雷ってだけなのでは 地雷に貴賎はないと思ってるから単にトピ主はその言い回しが好きじゃないんだって思っておけばいいと思うよ
それ思いついたの私の方が先、二番煎じと言われたくない、自分が考えた特別なもの みたいに思いたいだけの子供っぽい感情だと思う。 他人の存在を意識してるかぎりついて回る気がしたから、鈍感さとか図太さをインストールして、他人の存在を意識しなくなったら気にならなくなったよ。
心理学に詳しくないのでそういう名前がついてる法則があるかは分からないけど、特性要因図を書いてみるのをお勧めする。 ググるとやり方がでてるけど、自己分析ならそんなきっちりやらなくていいから。 トピ主の場合、一番大元の頭になるのは「分かると言いたくない」かな。 そこに「二次創作」「普段の雑談」「相手との親しさ」「言い方」「言うことで起きそうで怖いこと」などが枝分かれしていく。 更に、二次創作なら「小説」「漫画」「萌ポスト」「解釈」なんかを書き込んでいく。これらは全て同じように感じるかな?そうやって全部一度書き出してみよう。 全て一度脳みそから出して一覧にすると凄くすっきりするし、自分でも思わなかった共通点が見えてくるかも。 他人に見せるものじゃないから、具体的な実例を並べてもいい。この性格の解釈には言いたくなかった、でもこのファッションの解釈には言えそうだった、とか。 問題の根本はトピ主の中にあると思うから、禅問答みたいに一つ一つ、なんで?なんで?って分解していくのが一番いいと思う。頑張って。 ちなみに、私は推しの好きな部分を共感したくて二次創作してるので「わかります!」は最高の賛辞のつもりで口にしてるな。自分が言われるのも嬉しい。 もしかしたら、トピ主って口頭であんまりオタクトークしたことないとかあるかな? 「こうだよね!」「わかるわかるわかる!」「だよねだよねだよね!!」ってきゃー!!って騒ぐの、凄くあるあるなオタクトークだと思ってたから、少し意外だった。 テンポよくその場で共感を承認された経験があれば、ちょっと変わったりしないかな。 (普通によく口頭でオタクトークしてるよ、って場合は見当違いごめんね)
>>2
ID変わっているかもしれませんがトピ主です。 〉プライドが高くて完璧主義だから。 だけどこうした人は自信がなくて卑屈であることが問題だと思いがち 自分がなりたい自分像が高すぎるけどその自覚がなく、達成できるはずもない目標を立ててしまってるのに叶わない幻に自分を駆り立てようと己に鞭を打ってばかり。 凄く頷きました。 作品を認められるかどうかは、他者からの評価(数字や感想)という点ではあまり関心がないのですが、自分の望むものを作れないことは悔しい、恥ずかしいと感じます。理想が高くいつも自分の作りたいものに届かず、自分で自分を否定している、が近いかも……。作品と自分を切り分けられるよう、意識してみます。 ライターズブロック、という言葉を初めて知りました。本も読んでみたいです。有難うございました。
>>3
〉自己開示されたい、したくない 自分に自信を持てない しっくりきました!我儘ですが、人から自己開示されると安心するけど、自身は自己開示して否定されるのが怖いのだと思います。前からそう思ってたことでも、そう思ってた証拠を書き残してあるわけじゃないし、パクリと思われたら悲しいな……と何も言えなくなってしまいます。
>>4
〉マウントに感じてしまう これもそうだと思いました。 自分が人から言われたら嬉しいけれど、人に言ったらマウントだと思われるかも……、と考えてしまいます。我ながら謎ですが……。 ここがいいですね、素敵ですね、なら言えそうです!
そうした辛さなら、できない自分の敵はこんなところに!?という本が役に立つかもしれません。普遍的な辛さなんだ、ワークで治せるんだ、という本です。
>>5
言葉自体に抱いているイメージがあるのかも、というのは自分では思いつかなかった視点でした。 その言い回し自体が好きじゃないのかも。そうだとしたら何でだろう、と考えてみようと思います。 そう思っておけばいい、って優しくて素敵な考え方だなと思いました。有難うございます。
>>6
〉それ思いついたの私の方が先、二番煎じと言われたくない、自分が考えた特別なもの みたいに思いたいだけの子供っぽい感情 これもあると思います……!自分の中にもあったのに、と。でも自分だけのものだなんて思っていないのに(思いたくないのに)、無意識下の子供が暴れてしまうんでしょうか。 他人の存在を意識してるところに現れるものだというのが、凄く納得できました。良い意味で鈍感さや図太さをインストールして、ゆらがないようになりたいです。
>>7
特性要因図、やってみようと思います。有難うございます。 少し頭の中で考えてみたのですが、二次創作の解釈だけでなく、普段の話題でも「わかる」と言いづらいことはあると思いました。他人の思考と自分の思い描いたものが同じかどうかなんてわからない……とか、相手の知ってることに私もそれ知ってます!と言って不機嫌な反応をされたりとか、偶然同じものを持っていたのに相手に影響されて真似したと思われた経験があったりとか……そういうのが全部ごちゃまぜになっていたかもしれません。 恥ずかしながらあまり口頭トークをしたことがなくて、作品の感想を通して推しのことを話すことが多いです。 そのため、相手の表現に「わかる!」と言うのは一生懸命考えたものを横から取るみたいかなとか、もうそれは相手のものだから私は書けないのかな、でも私も原作を読んでそう感じていたんだけどな、と考えてしまいました。他のコメントで言われましたが、プライドが高いんだと思います。 でも、「わかります!」は最高の賛辞という感覚をお聞きできて、それなら私も、もっと自然な感じでそう言っても大丈夫なのかも、と思えました。有難うございました。
>>2
x9eFi4trさん、重ねてのコメントを有難うございます。 本、Amazonで探してみました。やってみようと思います。 こういった本に全く詳しくなく、教えていただけて、とても嬉しかったです。
14コメを見て思ったのは、自分が共感しても相手に喜ばれない(むしろ不快に思われる)と認識してるせいだよね。 それは自己肯定感の低さ(プライドが高いというのも傷付きたくない防衛反応だから)とかこれまでの実際の経験とかからすり込まれた思い込みなんだろうけど。 このトピのやりとりもズレてる感じないし意見を素直に受け入れてるし、自分で思ってるほど人から嫌われることないんじゃないかな?すごく内省して反省出来るタイプみたいだから、もしかしたらこれまでの経験を基に修正してきて今の状態なのかもしれないけど。だったら昔の自分とはもう違うんだって自信を持ったほうがいいんじゃないかな。トピ主さんは普通に友達になりたいタイプだよ
同人長年やってると「わかる!」って言い方が社交辞令として使われすぎてると思ってからは 本当に好きできちんと好意を伝えたい相手には何でも「わかる!」と言わなくなったな 特に好きでもない相手にまでゴマすりたいのか誰にでもすぐ「わかります」「いいですね」「神」って言う人多くて 「わかる」も薄っぺらい言い回しになってる 他人から言われる場合は本当に好意でも社交辞令でも、とりあえず「ありがとう」とは言っておく
>>17
勝手に何でもかんでもてめえの物差しで社交辞令にしないでくれるか?不愉快だわ 言葉狩りうざいんだよ ちなみにトピ主はただのワガママなお子ちゃまなだけだと思う 一言で言うとこれ
>>16
〉自分が共感しても相手に喜ばれない(むしろ不快に思われる)と認識してる この怖さはあります。 ズレてる感じしない、と言っていただけて嬉しかったです。もう少し自信を持ってみようと、勇気が湧きました。有難うございます。
>>17
「わかる」に薄っぺらい感覚がある、というのは、思い当たるふしがありました。他人に「わかる」と言おうとすると、(本当にわかってるのか……?それで合ってるのか……?)と疑心暗鬼になってしまう時があります。 なぜ「わかる」と感じるのか、そこをきちんと深堀して自分の言葉にできれば、本当に好きできちんと好意を伝えたい相手にも誠意を持って接せられるのかな、とコメントを読んでいて思いました。有難うございます。 k2boctj4さん、私は確かにワガママなお子ちゃまだと思います。 耳が痛いですが、せめて人を不愉快な気持ちにさせないよう、努力したいです。 Ca328Kpuさんは「言葉狩り」をしたわけではなく、素直な感覚を伝えてくださっただけだと思っています。私にとっては、自分の内面へ潜る材料の一つになって、とても有難かったです。