嫉妬もそうですが、とにかく傷つくことが怖いんだなぁと文面から感じました。 神レベルの人になら嫉妬せず、「自分に近い、自分もその気になればそのポジションになれるのでは」と思える親しさを感じる相手にこそ嫉妬する、というのは人間あるあるの現象です。 トピ主様は好きな絵柄の絵師さんに嫉妬することも怖いし、純粋に憧れることも怖いのではないですか。 あと、もしかするとなんですが、トピ主様は書きたいものと書けるものが違うタイプですか? 文面からは好きな絵師さんみたいな絵柄で描きたいという気持ちも感じました。 それは本当に「絵師さんみたいな絵柄」への欲求なのか気になります。 「あの人みたいにチヤホヤされたい!あの人みたいに友達がほしい!」という欲求が、「あの人みたいな絵を書きたい!」にすり替わってるいる人、たまに見ます。 見当違いでしたらすみません。 これまでの経験に傷ついてこられたんだなぁと思いました。 なにかのかたちで、自信を育てられると良いのですが……
絵柄=性格ではないとはいえ、ある程度、大まかな風潮?風味?がある気がします。 私の場合は、刺さる絵柄を描かれる方はファン規模問わず「強いオタク」という感じの方が多く、仰ぎ見る分には良いのですが、交流が難しそう(気が強そうでちょっと怖いし、嫌われたら辛い)だと思い、SNSはフォローせずPixivなどで遠巻きにファン活動しています。 そして自分でもあこがれの絵柄に寄せて描いてみたりもしますが、刺さらないんですよね…。
傷つくことが怖い……そうかもしれません。前ジャンルで繋がった方々の中で絵柄が好きだなと思う方のほとんどがキツい性格だったり、そんなことオタ垢で呟かないで欲しい……と思うようなことを平気でつぶやくタイプだったんです。 嫉妬も怖いし純粋に尊敬するのも怖い、まさにその通りです……。腑に落ちました……。尊敬するのが怖いんですよね、なぜかは全くわからないのですが……。 書きたいものと書けるものが違うというよりは、書きたいものを書いていた結果私の周りが宗教みたいになってしまったことがあって、そのイメージでガチガチに固定されて萌え語りもその書きたいもののイメージにそぐわないものはフォロワーに見放されるのではないかと書けなくなるほどになったことがあったので、そのせいかもしれません。一時期はTLを見ると胃痛や吐き気がしてくるほどでした。あとは書きたいものも書けるのですが、絵柄と合わないんです……。例えばですけど、ゴリゴリの写実系の絵柄でほのぼの日常系といった感じで……。それはそれでシュールで面白いかもしれませんが。 そうですね、傷ついてきたことが多いです。その反省を活かしてTwitter運営しているはずなのですが、棘がなかなか抜けてくれません……。
わかります。 私も好きになるタイプの絵師さんは強いオタクというか、拗らせオタクというか、病み系の絵を描いたり薄暗い作品の方が多いです。 そうなんですね。私は寄せようと思えばある程度までは寄せられて、自分にも刺さるのですが、刺さることが怖いと思ってしまいます。自分の絵が自分の性癖に刺さるのに、それが怖い……何故……。
感受性豊かな方なのだろうなぁと思いました。 絵って世界観やストーリーなど想像の余地があって、その絵を好きって思う気持ちはトピ主様のものだけど つぶやきだと想像の余地がなくてズバッと相手の言葉をくらうから、主様が心を動かす余地がなくなって、自分の心が相手に侵略されるような感じがする、とか? 特に自分が好きな絵柄の絵師相手だと、心の境界線がなくなってしんどいのかな〜と想像してみました。 絵柄に対しては嫉妬の気持ちもあるかもしれませんが、絵師に対しては嫉妬というより心が消費されないように心のブロック機能が働いてるのかな? フワフワした回答ですみません、嫉妬では片付けられないような感情だと思いましたが、前に回答されてる方の傷という言葉が近そうですね。只々Twitterの大量消費が合わないタイプもいると思います、同じ絵でもpixivとか他の方法で見ると違った気持ちを抱くのではないでしょうか。
確かにそうかもしれません……! 今ミュートしている好きな絵柄の絵師のことを考えてみたのですが、おそらくpixivで出会っていたらこんな感情にはなっていなかったと思います……。 どうやら、感情や発言が作者とダイレクトに繋がってしまうTwitterだと無理になってしまうのかな……?と少し自己理解が深まりました。ですがほとんどの方がpixivをやっていらっしやらないので、必然的にTwitterを見ることになり……ツイートも目に入り……フォローしていないので毎回ホームに飛ばなければならないんです。 どうしたものかなあ、と悩みどころです……。