同じく
創作は完成で経験値入ると唱えて完成させる
長い話になるとそうなるのは分かる 正論で言うと恐らくはプロットの段階で、転結は本当にこれでいいのかみたいにしっかり練っておくのがいいんだろうけど、私の場合いくら練ってもやっぱり長編の終わりはコレ面白いのかな?になるよ 長編かつシリアスになると、終盤はどうしてもドラマティックというか浸ってる感じになりやすいと思うから余計に書き手としての恥じらいみたいなのも感じやすいのかなと思ってる かわいい推しカプの一幕って感じではなく長々書いてきた集大成としてのこの話の結論みたいなものだから それからクライマックス〜ラストは、シーンとしても動きが大きくなりやすくて、これで読み手に伝わるかな、独りよがりじゃないかなって悩みやすい気がする、技量不足を感じやすいというか 完成させてしばらくして読み返すと、ただ不安だっただけなのか、なにか足りなかったのか見えてくる感じ
多分解決策ない。というのも、私が一切そういう感情になった事がないから気質の問題じゃないかなって思った。 書いてる途中→最高の話書けてるわ 書き終わり→決めてたオチ最高のエンディングじゃん 読み直し→私天才じゃない? ↑常にこれ。今まで何十作と長編書いてきたけど「つまらない」って思った瞬間プロット無視して展開変えるから書いててモヤる事がない。常に自分が最高だと思う展開しか書いてない
自分も完成間際でそうなる 書いてる間は最高の話!みんな面白がってくれる!って妄想できるけどいざ書き上げたら発表してリアルの他人の評価を受けることになるから 完成に対する無意識の不安と防衛反応じゃないかな 未完の間は最高の作品
トピ主です。 色々な方がいてとても助かります。 全く不安になったことがないという方は本当に羨ましい限りです。 私自身元々心配症なところがあるので、自分で書いたものは好きなのですが、いずれ誰かに読んでもらうものだと分かっているため防衛本能が刺激されるのかもしれません。 長さや内容の問題ではないかという方もいらっしゃいましたが、全部で1万字強の文章だとしても7000字を超えた辺りでもう不安になってしまうので短くても関係ない気がします…。 ただ内容に関しては、私はシリアスなお話しか書けないタイプで中身はよく練ります。 終盤でストーリーに浸っている自分と現実世界の自分とのギャップが、恥じらいを感じる原因なのかなとも思いました。 >創作は完成で経験値が入る >未完の間は最高の作品 創作を続けるにあたって、どちらも忘れずにいたい言葉だと思いました。 この性分のせいで未完のお話が大量にあるのですが、完結させてもいないのに頭の中にある理想のストーリーを完璧に表現できた気になっているのだと気が付きました。 苦しんででも最後まで書き切り、書き手として成長できるよう精進します。 ありがとうございました!