全く同じことを思ってました。 自分もかなり気にするんですが、小◯洋子さんの作品で「〜た」の連続が結構あるなと… 例文のような過去回想っぽい内容だと気にならないかも。 進行形の描写だとやや気になるかも…。 でも人の文章だとさほど気にならないから、2回続くぐらいだったら許容するようにしちゃってます。
4つ続くからじゃない? 自分なら我儘~のところをなく、にして3つにまとめちゃうかな。 あとは両親の描写をばっさり削るか、一文前に少し付け足す程度にするとか? 北方謙○も続くことあるし、例文が上手だから気にならないと言えば気にならない。
例文はそこまで気にならない、頻度やテンポ、文体とのバランスなのかなと思う それと「〜た」「〜する」は気にならないけど「〜なのだ」「〜である」は気になりやすいとかあると思う 例文だと「花子は大人しい子どもである。我儘を言うこともほとんどないのである。」って2つ続いただけで気になるみたいな それぞれが短文かつ似た雰囲気だと狙ってしてそうに見えない場合に気になるのもあるかも 「花子は大人しい子どもだった。あまり我儘を言わなかった。友達はいなかった。本ばかり読んで閉じこもっていた。」こうなるとこなれてない印象はあるかな けど「花子は子どもだった。大人しく手がかからなかった。我儘も言わなかった。友達もいなかった。そういう子どもらしくない子どもだったのだ。」こんな感じに重ねてあるのは狙ってるんだろうなと思うから気にならない 例文みたいにそれぞれある程度の長さがあったり会話文が挟まれてると気になりにくい気がする
今回は言われたから気になったけど言われなかったらおそらく気にならなかった 4コメにもある通り、何で重なるかにもよると思う 〜〜て、〜〜て、〜〜て、みたいな重なり方だったらさすがに気になる
>>2
気になりますよね! プロの方でも「~た」が連続する本をよく見かけるので、他の人はどうなんだろうと気になりました。 確かに過去形だと気にならなくても進行形だと途端に違和感や拙さが出てきますね。 人のだったらさほど気にならないの分かります。自分も読み味が悪くなければ気にしない派です。
>>3
4つ続くとさすがに気になりますよね。 この例文は分かりやすくするためわざと連続させてみましたが、やはり気になるパターンと気にならないパターンがありますよね。
>>4
「~なのだ」「~である」は文章全体の主張が激しくなるので、確かに2つだけでもかなり違和感出ますね。 例文どれもすごく分かりやすいし確かに!と納得しました。 狙って語尾を重ねるパターンもおっしゃる通りたくさんあるので、結局は文章力によるのかな…
>>5
確かに「~て、」の連続は演出として使われるのもほぼ見ないですし、単純に文章書き慣れてない感出ちゃいますね。 「~た」なら場合によっては気にならないけど他は気になるという方が多そうなので、今後も気を付けようと思います。
プロだと気にならないのわかる。一文の長さの変化や語彙の豊富さ、リズムやテンポのよさも関係あるんだろうと思う。
>>10
全文同意です!同じ長さの文章が続くとたとえ同じ語尾が連続してなくても読み味悪くなりますもんね。 やはりプロの文章はすごいなと実感します。
過去を淡々と説明するためなら「〜た」の連続はそういう演出、狙った効果だから気にならない むしろそれが正解になるんじゃないかな 「〜る」「〜た」で交互に進めるのも、変にテンポがついてしまうことあるし 見た目がどうとかではなく、その文末にした理由、狙いが受け取れれば気にならないかな 演出次第では「〜て、〜て、〜て」もありだろうしね 雑だけど「〜て、〜て、〜て、〜て、それらすべてが嘘だったなんて信じたくない」みたいな感情のこもった羅列なら違和感はなさそう
気になる書き方と気にならない書き方があるなぁ 「花子は大人しい子どもだ。聞き分けがよく、我儘を言うこともほとんどなかった。手がかからないと言えば聞こえはいいが、あまりに子供らしさのないその様子は少し不気味ですらあった。両親はそんな花子の事を心配して友達を作るよう勧める事もあったが、花子はいつも部屋に閉じこもって本ばかり読んでいた」 花子は大人しい子供「だった」を、花子は大人しい子供「だ」に変えるだけで後の文が散漫に感じて気になるけど、改変前のトピ文なら気にならない。 リズムが崩れてると気になるのかも。上にもある「~である」もそうだけど、 吾輩は猫である。名はまだないのである。←これだと、まぁ口語混じったコミカルな表現として読めるけど 猫は気まぐれである。いつも気づけば消えているのである。そんな気ままが私は好きである。←だと、あるあるウルセー!ってなるよ
SSトピの294が「〜た」の連続って言われて気になって立てたトピかな?(違ったらごめんだけど、そうだと仮定して話進めるね) あれはその前に294(287)が「文章のテンポが悪いし、キレがない」って言ってて、その上で出された文章だったんだよね なので、「〜た」の連続がテンポの良さだと思ってんの?ってなったし、元の文章のほうが良かったのに改悪されてるから突っ込まれてるんだと思う(もちろん元より良くなってる部分もあるかもしれないけど) トピ文の「〜た」の連続は気にならないな 他の人も言ってるけど、「〜た」が連続してても気になる文と気にならない文があって、そこに筆力が出る気がする 「〜た」の連続が全て悪いのではなく、「〜た」が連続してるなと思わせてしまう文章があまり上手ではない、ってことなのかもしれないなと思った
字書きです。ほぼ一人称でしか書かないので参考になるかわかりませんが、連続すると違和感があるのでそうならないようにしています。三人称で過去を描写すると「〜た」が連続するのはわかります。 朝ドラのナレーションを想像すると書きやすいかもしれません。私はそうしています。こんなかんじです。 「花子は昔から大人しい子どもだ。聞き分けがよく、我儘を言うこともほとんどなかった。手がかからないと言えば聞こえはいい。だが、あまりに子供らしさのないその様子を、周囲は少し不気味がっていた。両親はそんな花子の事を心配して友達を作るよう勧めるも、部屋に閉じこもって本を読む。これが花子の毎日だった」 一人称だとあえて連続させることもあります。感情が込み上げるシーンでは有効的に思います。 「涙が溢れた。我慢しようにも、私のそれは止まらなかった。Aの手が頬に触れ、そこからはもう、全身の水が溢れるようだった。」 こんなかんじですね
テンポやリズムが良く、自分がストーリーに没頭出来ていたら気にならないんだと思う あと好みもあるかも それはそうとこの前ててて構文を初めて見たよ 「胸が苦しくて、でも触れられなくて、貴方は私に気付かず背を向けて……」みたいな てててだしポエムだし無理だわってなった
小説は読むだけの側でかなり気になります 内容は好みだけど語尾「~であった」が多すぎて気になりすぎて買うのやめた書き手さんもいる でも例文くらいならそこまででもないかな
テンポ作るために語尾をわざと似せるとかもやるから、単純に末尾だけ気にしても意味はない気がする 〜た。〜る。を気にするより文章読む時のテンポ・リズムや表現の強弱で考えた方がいいんじゃないかな
ちょっとズレるかもだけど似たようなので 「台詞が入ります」 と、くれむAは言った。 「ここにもセリフです」 と、くれむBは言った。 「台詞だけが入ります」 と、くれむCも言った。 「ここにもセリフしか入らないです」 と、くれむBは言い返した。 みたいにプロでも普通に同じ文章?構文?続けたりするし、自分が読んでみて違和感があったら直す、違和感あるけど読めるなと思ったらちょっと調整する、違和感ないなと思ったらそのままぐらいにしてる
書き手の端くれだけど、自分で書くときは「〜った。」2連続程度でも違和感覚えるくらいかなり気になる。だから自分で書くときはあの手この手で文末変えてる。 けど、他の方も言われてるみたいに、自分以外の文章だとよっぽどじゃないと気にならないな……初見の文章は内容に意識引っ張られてるからなのかもしれない。 例文だったら、 「花子の大人しさは子どものころから変わらない。」 「聞き分けがよく、我儘を言うこともほとんどなかった、と母は言う。」 「両親はそんな花子の事を心配して友達を作るよう勧める事もあったが、それでも花子はいつも部屋に閉じこもって本ばかり読んでいたのである。」 みたいに、今まで続いてるものとか人に言われたこととかを無理矢理文末変えたりしてる。