そりゃあると思う。字に限らず、才能としか考えられない事って世の中にいっぱいあるもの。 ただ、才能だけってのも暴論だと思うな。 才能×環境×努力×運=出力結果なんじゃない? それに完全に才能だけだって考えてしまう人は、環境や努力次第でなんとかなると考えている人よりも成長しにくいと思うよ。
調べたらわかるけど執筆能力音楽スポーツ等は8割~9割以上遺伝で決まるのがもうわかってる でもトピ主は持ってる文章力を活かして何かを主張したいとか心の底から湧き出る何かを表現したいとかそういうのがないだけなんじゃないかな 文章力があってもそこまで小説が好きじゃないんだと思う きっと何かを好きになるのも才能で、もし映画が好きなら映画を好きな才能があるんだよ だから他に好きなことを見つけたらいいよ
あらゆる能力について、遺伝要因と環境要因のどちらが大きいかを調べた調査があって、それによると執筆の能力は遺伝要因の方が強いらしい。 多分遺伝7割くらいなのかな。 https://dot.asahi.com/articles/-/128572 トピ主の目指すところがどこかは分からないけど、二次創作の神とかであれば、それは努力次第で解決できる範疇にあるのかなと思う。 二次創作には受ける型が存在するから。 芥川賞とりたい、直木賞とりたいまで行くと、才能がないと難しいかもしれない。
>>2
半理系思考の私にわかりやすく、なかなかに突き刺さるコメントありがとうございます 正直うずくまりたくなるような、痛いところをつかれたやうな気もしてなんとも返しが難しいのですが、せめてもの努力は続けていこうと考えさせられました。 改めて描写力を研究しなくては…!
>>3
文才以外にもそんなデータがあるんですね!? 調べてみたくなる情報ありがとうございます たしかに「萌えを出力したい!」はあっても、「心の底から涌き出る何か表現したい」に関しては、ここ最近欠けていたな…と思い返されました。 多分リアルの忙しさに逃げていたのもあるとは思いますが、改めて小説そのものに向き合ってみる手も逃げてみる手もあるかもですね
才能は遺伝すると言われるところの才能って、作文で賞を取ったみたいな話ではなく親が有名な専業作家とかそれくらい抜きん出た才能の話なんじゃないかなと思うけどな 作文で賞を取るとか地元の新聞に載るくらいなら特別文才がなかったとしてもできることではあるはず トピ主の家族が文才がないと言っているわけではなく、そんなにコンプレックスに感じるほどのことでもないのかなとは思う
仮にトピ主に多少の文才があったとしても、トピ主よりも本をたくさん読んできて文章をたくさん書いてきて、書くのが大好き、上手くなるため毎日努力してます!って人がトピ主より遥かに上手いのは仕方ないと思う 何も努力してないなら年齢が上がれば上がるほどそういうタイプにドンドン抜かれていくのは普通 文章力は生まれつきのものもあるけどやっぱり経験値も加味されるからね 自分語りになって恐縮だけど、自分は一応文章系の仕事してるけど高校生の頃から何も書かなかった日は一日もないよ 世の中には自分以上に頑張ってる人もいるだろうしさ 何も頑張らなくたって上手い、そういう才能に恵まれた人もいると思うけど、努力して上手くなった人が大半じゃないかな
>>4
遺伝こっわ…。 そしてわざわざリンクまで恐縮です。 たしかに二次創作も受ける型はあったかもしれません。言われて気づきました。ありがとうございます。 そしてトピ主は何になりたいのかというコメントを受けて考え直してみましたが、多分私自身「あの時出会った神みたいになりたい」「あの時出会った神としての文章力を自分も出力したい!」が大きい理由なのかもしれません。 私自身はわりと直接的表現が多いので、あんなにも暗喩をも駆使して…!とかもあったのだろうと思います。
>>7
たしかに言われてみたらそうですね 母も母で祖父相手にコンプレックスっぽい感情は持っていた(すぐ比較してた)ので、そっちの意味でも遺伝してた危険性はあります。 ありがとうございます
>>8
ご意見ありがとうございます。 しかしながら私も中学生時代から月1で作文授業が出てきてしまうわ、高校時代も短い論文を書かされるわで作文作業は多かった記憶があります。 そして毎日…はたしかにしていませんが、正直二次創作歴も中学生時代からあります。 あの当時よりはさすがに謎の大空白もなく小説らしくなってきたとはいえ、それまでだなぁ…という感想なので、まだまだ努力必要ってことなんですかね…これ……
先程の返信にも書きましたが、「トピ主は結局どうなりたいの?」については あの時出会った神みたいになりたい あの時出会った神のような文章力を自分でかいてみたい が学生時代からの目標だったことを今になって思い出しました。 私自身は割と直接的な表現が多いです。でも神は暗喩を使ってでも風景やら感情やらを魅せる力がとんでもなかったんです。 だからこそ私も!となると、まぁうまくいかないうまくいかない…。 結局風景描写よりも、人物の動きから心情を察してくれ系描写ばかりが増えていくのでした…。
基本的には生育環境の方が大事だと思うけどな~ あとはどれだけ書く訓練をしたか 自分の祖父は養子なんだけど、文章に関してはすごく平凡 でも祖父の弟(祖父とは別の家に養子に行った)は文章を書くのが上手くて仕事も執筆関係のものに就いてる 我が家は平凡な一般家庭だけど、祖父の弟の養子先は学者家庭でとにかく本に囲まれて育ったらしく、それもあって環境の影響は大きいんだろうなと思っているよ 他の人もあげているけど、才能や遺伝どうこうが影響してくるのって芥川賞だとかノーベル文学賞だとかそういう次元での話な気がする
遺伝の件は解決済みということでよいのでしょうか トピ主さんは我流✕独学でやってませんか? だいぶ風変わりな文章だなと感じます。好きな人には好かれるタイプというか… 書き方の本を参考に訓練されてはと思います
>>13
あー…そういうことか…。 私の脳内にはなかった視点でした。ありがとうございます。 実際自分自身も作文やレポートを書かされまくったり、それこそ二次創作も中学時代からずっと続けてきたつもりですが…それまで止まりだった可能性も大いにあり得ますね…
>>12
トピ主のメンタル二十年前の個人サイト管理人にかなり類似してる >結局風景描写よりも、人物の動きから心情を察してくれ系描写ばかりが増えていくのでした…。 ここの所、同じようなこと言ってた人が個人サイト管理人にたくさんいたんです。この嘆じ方といい、すべてが懐メロ調に見える。トピ主が若いなら次代は巡るという感じ。創作者あるあるメンタルなのかな がんばってね
>>14
言われてみるとそうですね。一瞬締めようか迷ったぐらいでした。 あぁもうこれはだいぶ痛いところを突かれました。 実は中学時代らへんから作文の型も「です・ます調」ではなく「だ・である調」方面に、二次創作影響からか移り変わっていったんですよね…。 ……ってそれは関係ないか? どちらにせよ独特な文章…(苦笑)とは母に言われたことがあります。作文なのに論文みたい、とも 改めて新たな視点、解析、本当にありがとうございます
>>12
>>16 SM7rJPvGさん、わざわざお気遣いの言葉ともにコメントありがとうございます。 個人サイト…なんて懐かしい響き…。 自分もたしかに今思えばそれぐらいの期間学生時代から字書きとしてやってきていますが、一周回って時代が巡ったのか、私の思考が昔のままなのか…。 やはり創作者あるあるなんですかね。 もう少しゆるく考える方向性も視野にいれてみようと思います
トピ主は一次でやってるの?それとも二次? そこら辺の評価はどうなの?
>>19
色んなジャンルをうろついてはいますが、結局は二次でやっています。 後にハピエンになるとはいえ、切ない部分があると評価があがりがちなイメージですね。私の場合。 文章そのものを誉めるというよりかは、感情移入側のコメントがされやすかった記憶です。 それは恋愛要素があろうが、全くなかろうが共通でした。
なんか理想の文章があるからそれを書かなきゃに固執してません? 小説って物語だから自分の伝えたい物語にふさわしい文章はどんなかを個々で追求していく芸術なんだと思うんだけど。うまく言えないけど、文章力があるから小説を書くんじゃなくて書きたいものを実現するために自分の文章を良くしていこうという姿勢がいい文章を作るんじゃないのかな
>>21
思わずドキッとしました。 たしかにそうです。なにも考えずに書くときはゆるく楽しく書けるのですが、今みたいにいざ!となると、あんな風にかきたい…!が強まり、その表現力を学ぶための調べ作業に入っていたりします。それこそ隠喩がちな小説を軽く読んでみたり、ネットで見出しとかを探してみたり。 まずは下手な固執をやめる思考整理から始めてみます。ありがとうございました
>>19
2次ならそもそも文章力以前に、評価は原作ありきで、いかに原作っぽく、でも原作にはないみんなの求める理想を書けるかって話だから、2次小説についた評価=文章力ではないと思うんだ だから2次書いてるならトピ主のいう飛び抜けた文章力は不要なんじゃないかなってのが私の自論 ちゃんと誰が何しているかが読みやすく伝わるのなら、その先はいかに萌えるか、共感できるか、でしかないと思ってる
>>19
たしかに言われてみるとそうですね。 前半の文章なんてまさに恋愛要素なしにも関わらず、原作その後の考察小説として投稿した時にいただいた評価でした。こんなのを待ってた…!みたいな。 目標相手を変に神格化してたのはあるのかもしれません。 そもそも解釈違いと思われたら意味もないし。
文章力というか地頭の遺伝が半分ぐらい、残りは環境じゃないかな。 コナンくんに恋愛ものを書いてくれって言っても難しそうだな…ミステリーなら書けるだろうけど…みたいな。 うちの親は高卒だけど起業してまぁ成功していて、いわゆる論文みたいなのは書けないけど契約書類の読み込みや作成は強いタイプ。 小説も書けないだろうけどそれは「起承転結の理屈はわかるけど書き方は学んでいない」のと、仕事柄結論からまとめる癖があるからで文章力がないようには見えない。 だから「小説を書くための文章力」っていうのはある程度の地頭に加えて「小説自体に触れる環境」が必要で、契約書に特化したり好きな作家に文章が似るっていうのもこの環境での影響のひとつだと思ってる。 でもそもそもの理解力がなければたぶん文字を継続して読むこと自体難しいから、そういうところに親からの遺伝は少なからずあると考えてるよ。
>>26
例のコナンがわかりやすい…! たしかにそう言われてみると環境の差も大きそうですね。 私の母は真逆で、小説などを読む力には長けているけれど、説明書や契約書への理解度はいまいちです。 その点も考えると改めて勉強になりました。ありがとうございます
二次同人なら文章力より萌えるかどうかだから気にする必要ないよね プロ目指してるなら文章ぐちゃぐちゃでも人気の出るなろう系目指すとか
>>29
たしかに恋愛要素なし考察小説に「こういうの待ってました…!」と言われたり、逆に恋愛要素があるときに「こういうの言いそう…!」とコメントで言われたりもしていたので、そういった大事な要素に目を向け忘れていたのかもしれません。 本当に変にあの頃の神固執していたのはあるんだろうな、と。 気づかせていただきありがとうございます
皆様のコメントなどを受けて改めて考え直してみたのですが、あの時に出会った神はお二人とも「大量の読者が認めるほどの純文学感」がありました。 エ口もマジで濃厚。いいねやコメントなども来やすい方です。 対して私はそこまでたどり着けているのかは微妙です。一応心情描写部分などで誉められたりはするのですが、純文学感はさほどなく。 それこそ文末が三人称視点だと「で・ある調」になったり、突然の出来事に対して「~するではないか」と書いたりと、硬いのはあると思います。そして暗喩などもわざとらしくなるという欠点もある上に、その神をみたのが中学生時代だったので、より印象に残っていたのはあるのかもしれません。 だからその神の表現に固執してない?と言われたり、独学と我流で逆に独特な文章になってると言われても否定はしきれませんでした。 でも一応ストーリー部分や解釈を誉められたことはあります。 だからこそ私が目指すべき場所は話馬なのかもしれません。 まずは独特な書き方を見直す作業が一番なのかもですが…
遺伝は大きいと思います だたまずそもそも二次創作小説ってキャラやジャンルの力に加えてそのジャンルファン自体の読解力レベル差や好みで評価が大きく変わるからあんま意味ない気がする ジャンルによっては純文学みたいな方がウケる一方、別のジャンルでは台本小説みたいな方がウケたりする たとえ神のような表現が出来てたとしても今現在ハマっているジャンルでそれが神にあたるとは限らないのであくまで自己満足の域でしかない
これこれが原因って明確に言い表せないから、遺伝のおかげって言い表してるだけだよ。実際には生後の影響がめちゃくちゃ強いと思う。親が文章書くの得意なら「遺伝」って概念知ってる子供は、自分にもできるかもって積極的に文を書きやすくなる。書いていれば上手くなるから周りに褒められて、ますますモチベが強くなる。そうして大人になる頃には「私は文章を書くのが得意」って自認が生まれる。そもそもの話、普通の人は小説書こうとはならないんだよ。そういう意味ではトピ主は今の時点でも十分に才能があると言える。でもそれだけじゃ満足できないから、主観的に自分には才能がないのではと思ってる。でも私から見ると、トピ主は遺伝的にも環境的にも恩恵を受けてる側。だから遺伝がどうとか気にしなくていいと思うよ。小説書けてる時点で一万人に一人のエリート。トピ主は十分凄いから頑張れ。
>>32
私が純文学系に夢を抱きすぎてしまった反面、ジャンルごとでそんなにも読者側の差が出やすいとは気がつきませんでした。 でも言われてみるとたしかにさらっと読んで「萌えたわぁ…!」ってなる方がいい心身状況の時もあったりするかもしれません。あまり鬱々としなくて済むというか。 自分は手癖でよく無駄に話を重くしがちです。だからこそ「落ち着け私」ともう一人の自分が制止をかけている時があります。 結局のところは萌えを求めてるってことですよね。絵にしても文章にしても。 目覚めの一言ありがとうございました
>>33
おっともう一文目の段階でメモしたい展開発生。 たしかに文章力とか含めて色々と親の影響を受けて強くなっている人たちの自信の現れ方って、こちらがビビるほどにとんでもなかったりしますよね。その反面得意分野に対するこだわりもとんでもなかったりするけど。 後半の文面についてもハッとさせられることだらけです。 たしかに二次創作が当たり前になりすぎたことで「普通の人は小説書こうとはならない」という現実に目を向けられていませんでした。 そして苦戦も学んでいるから自分への才能の有無も考えるし、親からの文章について等の影響も受けて、下手に悩みすぎているところはあったのかもしれません。 お気遣いの言葉まで恐縮です 改めてありがとうございました
コメレスなど拝読すると、お悩みは様々ながら「遺伝はともかくそれなりに文章力はあるはず」「小説も沢山読んできたはず」「けど二次創作小説とは勝手が違い、戸惑っている」と嘆くロジカル馬の方なのかな?という印象を受けました。 (認識違い&そもそも盛大なトピズレでしたらスルーでお願いします) 他の方も言っていたように、二次創作小説は「わかりやすさ」重視。交流やニーズに合わせて「小説」が「二次創作的仕様」に「最適化」されたもの、とも言えます。ならばエモ以前に「とにかくわかりやすく、文章も平易に書く」が勝確なのかもしれません。 ただ「わかりにくい」と切り捨てられた中には、小説の一般的な手法・作法も確実にある。読書歴のある読み手の中には「骨太な小説を二次創作でも読みたい!」という人もいる。その場合「トピ主さんの小説はドンズバ」まであるわけです。エモ神だけでなくロジカル馬もありがたい存在ですから。 従ってトピ主さんは今一度ご自身の心の裡を確かめてもいいのかな?と思いました。処理流暢性を高めて広く浅く行くのか。あるいは狭く深く小説の懐の深さを追い求めるのか。 もちろん骨太小説書きとプロ字読みに恵まれた界隈なら「深く狭く」も何もないのですが……如何せん界隈ガチャ次第、出現率も低め。巷に溢れるSNSなどの文章も、コスパ・タイパ重視のわかりやすい短文が主流です。 となると「広く浅く」「深く狭く」にしろ、読書歴=文芸小説の書き手は、自分をニッチだとした方が恐らく生きやすいと言える。 かつ、平易な文章とはどんなものなのか?を自作で体感されるといい気がします。 AIに抵抗がなければ是非「この自作テキストを読者を選ばない、わかりやすい二次創作小説に変えて」と改作してみてください。私もやってみたところ、確かにわかりやすくはなりました。けど機微は全滅。「失うものは多々ある」は言い過ぎにしても「自分でこれを書くなら翻訳コンニャクを食べた方が早いかも」までありました。 以上から、トピ主さんにはご自身の筆の向くまま書いて欲しいです。勿論エモでも構いませんが、トルストイがブローティガンに憧れる必要はないと思われます。 むしろ心弱るのは勿体ない!私はエモ寄りなので、ロジカル馬さんはとても憧れます。 トピ主さんが楽しく創作活動出来るよう、心から応援しています。