例文だけで考えると、Aが上から目線っぽくて嫌 お母さんが子供にしてあげてるみたい 「AがBの髪をすくと、Bは〜」ならそうは思わない
話し言葉っぽさがあるから地の文で出てくると違和感があるとか? 自分もどちらかと言えば苦手なんだけど全体的に話し言葉に近い感じで書かれてる一人称とかだとあまり気にならないのでそれかなと思ってる
クソッ…!でちょっと笑ってしまったごめん 苦手な人がその表現を多用してて苦手意識が刷り込まれたパターンとかないかな あと自分の場合は苦手な人ではなかったけど「この人の作品この言い回しよく出てくるな」と気になった途端、出てくるたびに「また出た!」と集中が途切れるようになった 以降他の人の作品でも出てくると、嫌な気分になるわけじゃないけどその作家さんが浮かんでしまってノイズみたいに感じるようになったことがある(特殊な言い回しではないので結構見かける)
わかります なんか気持ち悪いですよね すごく個人的な見解でしかないんですが、自分の場合は強い違和感をおぼえるから苦手です たとえばなんですけど一般の文章だったら、 二人とも、迎えたばかりの妹がかわいくて仕方ないものだから、兄が襟のリボンを正してやれば、弟はスカートの裾を払ってやる。兄がおままごとの相手をしてやれば、弟はぬいぐるみの犬を持って乱入する。そんなせわしないありさまで、家の中はなかなか、賑やかになった。 ……とかいう形になるんじゃないかと思うんですよ 文法とかで説明できなくてすみません トピ主さんがこれも気持ち悪かったらごめんなさい、自分は個人的にこういう使い方じゃないかなと思ってるだけなので許してください とにかく、説明が難しいんですけど、読み手である自分の使い方と、トピ主さんが例にあげているBL系での使い方がずれているから、自分は気持ち悪く感じます 解釈違いって感じです… ただ本当に個人の見解でしかないので文法がどうとかきちんと理由があるなら自分も知りたいです
例えば「擦れば光る」みたいに「〜れば」は基本的に条件接続詞で、Aを行った場合Bが発生するっていう仮定的な表現だからじゃないかな。擦ったら光るけど、擦ってるかどうかは文章では確定してない。 「〜れば」ってなりきり小説でよく使われる表現だよ。なりきり小説って平たく言えばリレー小説で、複数人が順番に文章を繋げるのね。そのなかで、次の執筆者に展開の余地を残すために、文章を確定しないって独自の計らいがある。「Аが殴りBは蹴り返した」って書かずに「Aが殴ればBは蹴り返し」って書くケースがある。後者だとAの攻撃もBの反撃もはっきり確定してないから、次の執筆者はそこを覆して別の展開にもできる。これは独特の文化で、普通の小説ではあまり見ない表現。でも長くやってると仮定的文章が常態化しちゃう人もいるみたい。 二次創作でリレー小説する人は多いからそのあたりに由来する表現じゃないかな。
https://japanese.awaisora.com/setuzokujyosi-ba-toh… 引き続いて起こる事柄についての、きっかけを表す。…すると。…したところが。「大勢の中で見れ-、それほど目立った存在ではない」「一〇年前を思え-、ずいぶんぜいたくになったね」
同人以外でも全然出てくるけど 苦手なのは個人の感性だと思うけどなんだかなぁ 同人以外の文学読んでないからじゃない?
>>7
>滝つぼから続く流れに目をやれば、色付いた楓の葉が浮いていた。 手持ちの電書で一般小説から検索した例がこれだけど、これも気持ち悪い?
同人以外でも全然見るけど、その表現は似合う背景とか文体が前提な気がする 普通の同人小説で出てきたら「ん?それ使うのか」と止まるくらいには浮く言葉の印象 他の人も言う通り親・兄弟だったり歴史的な上下関係があるなら馴染むけど、AとBが対等であればあるほど違和感
これ大っっっっ嫌いなので同じ人を初めて見つけて嬉しいです!なんか気持ち悪いですよね!? 「〜ば」ですが、現代では 仮定(もしそうなったら、こうなる) (例:君が食べれば僕も食べるよ。)の用法しか無い?ようです。 ところが古文では、 ①偶然条件接続(〜ところ) ②必然条件接続(〜ので) ③恒常条件接続(〜すると必ず) の3つがあります。 ①は現代でもそのままみられます。9さんの『目をやれば、〜葉が浮いていた』のように、「ば」の前後、目をやることと葉が浮いていることに因果関係がないパターンです。 ②、③は、仮定の「ば」に統合されている気がします。「彼女が来れば彼も来るよ」というと、因果関係や繰り返しの習慣を匂わせますよね。 つまり、トピ主さんや私は、「Aが髪をすいてやれば、Bが肩をびくりと震わせる」という文に②や③のニュアンスを感じ、「おいB、地肌敏感すぎやろ」と違和感を持ってしまうのではないでしょうか。ど素人によるただの憶測です! こうしてみると書き手さんは悪くないのですが、私は風情が分からないので、「すいてやると」なら①と同じ意味しかないんだから混同しにくい方を使ってくれよ、とか思っちゃいます笑 言い訳するなら、①の「〜ば」は古風なぶん同人小説の文体から若干浮きますしね。 でもいざ書き手に回ると好きな文を優先したいのも分かる…。 余談ですが、「〜して遣る(単に相手に向けてするという意味)」も、現代語「してやる」と混ざりがち!!結局は双方のリテラシーの差が生み出す悲劇で、誰も悪くないんじゃないでしょうか!
主さんが読み慣れてないだけ 一般文学でめちゃくちゃ出てくる表現だよ 商業をミステリに絞るなら同人もミステリに絞ればイライラもモヤモヤもしない ジャンルごとに文体や表現技巧が異なるのは当たり前なのに、ジャンルの違う小説を「商業」と「同人」だけで雑に区分して同じ土俵で捉えるからモヤモヤするんだよ 亡き文豪作品に絞って商業小説読む人が、なろうや支部を開いて「同人小説は平仮名が多くて大嫌いです。『ぼくはトピをひらいた』、『晩ごはんは何たべる?』など、漢字で書くべきものを平仮名にしたり、てにをはが抜けている文章です。こんなものは同人小説でしか見たことがありません。商業小説にはない書き方だから云々……」 なんて言ってたらツッコミがたくさん入るでしょ トピ主さんが慣れてないだけ
12もそうだけど同人ばかり読んでないでもう少し一般小説に触れる機会増やしたら?
全然気にならない むしろ一般小説でも普通にある もっと視野を広くいろんな本を読んでみたらどうだろうか?
AがBの髪をすくと、Bは〜 なら私もスッと読めると思います!
>>3
苦手寄りだけど、地の文の書き方次第で気にならないということですね もしかしたら私も強く違和感があったものだけ記憶に残ってて、さらっと読めていたものがあったのかも…
>>12
読書することを勧めるよ 地域の図書館なら無料で読めるから行ってみたら?
>>4
苦手意識刷り込みはあるかもしれません。r2kx3GBoさんのケースも、私は体験したことがありませんがなんとなくわかるかも。 ところで今後「やれば〜」を見るたびこのトピのこと思い出してノイズになったりしません?なったらごめんなさい
嫌いなもの発表トピたくさん立つけど、単純にそのうちの一つに感じる 上手く言えないけどイヤ、苦手なものってあるよね 嫌いな理由を言語化出来ないなら生理的に無理でいいんじゃない 文章の書き方なんて作者の個性感性だし、イヤなら合わないんだよ それ以上議論しても無駄 この手の嫌いトピって、逆にそれを好む人への攻撃にも感じるしその意図は少なからずあると思う
>>5
例の兄の行動に弟が対抗してくるような、兄弟の行動を並列する感じだと普通に読めました。 BL系での使い方がずれているから、という一文にピンとくるような感じもあったので、そんな怒涛の謝罪をなさらないで…!ご丁寧にありがとうございました!
>>6
仮定的な表現だからAが実際に髪すいてる文章に使うと違和感が生じるって感じでしょうか。参考になります そしてなりきり小説、リレー小説の文化は全く知らなかったのでこれも参考になります! リレー小説における「Aが殴ればBは蹴り返し」というのは、言い換えると「Aが殴った場合はBは蹴り返す想定です。この想定を無視して別の展開にして構いません」みたいなことですかね? それを長くやっていて、自分一人で小説を書く場合にも仮定的文章で書くようになっている…そういう人がいるなら、私はその人の小説を読んだのかも…?
たまに使う表現だけど、何となく「母親が子供にしてあげる」ような親愛の意味を込めて使ってるよ。攻めが「受けのことを大切にしたい」って思ってる時とか。
>この「嫌い!」はどこからきているのか知りたいです 何かわかんないけど生理的に無理ってことなんていくらでもあると思うんだけど、トピ主そういうのいちいち何で?どうして?って理由付けしないと気が済まないの?自分のことなのに自分でわからないのがそんなに不安? ロボットじゃあるまいし自分のことだって理解できない事ばっかだし自分のことだからって何でもかんでも制御できるわけじゃない
トピ主さん自身の読書の幅の狭さは自覚しているようだし、理由はそれでは。 自分の感性くらい自分で深掘りすれば良いのに。
>>7
電書から検索してくださった例にはスッと読めます。わざわざありがとうございます! 接続助詞「ば」がダメなのではなく、使い方に違和感を覚えるとダメみたいです
うーん、そっかぁ
同人だと1、2段落ごと、ヘタしたら2、3文に1回ぐらいの頻度で使われてることがままある あまりに多用されると気になる
>>25
わかる、なんか甲斐甲斐しい感じがするよね 私は同人も一般小説も流行ってるのを流し見するタイプだから全然気にならないしむしろ良い感じの表現だなと思うけど 字書きさんによっては他の良い言葉がいくらでも思いつくからなおさら気になったりするのかな
>>10
0AhbVlP6さんが「ん?それ使うのか」と止まるところで、私は「アア!出た…!!」となってしまっているのかもしれません してやればをされる側の方が上位の存在であったら、さらに違和感ですね
>>25
あーこういうふうに使ってる人もいて、さらに7や12が提示してくれた仮定用法や並列用法がある(しかも古文だと更にもっと使い方がある)から、どの意図があるのか、誤用なのかわからなくなって気持ち悪いって感じかな? 母親が子供にしてあげるって謙譲語の意図は元の文法にはなかったみたいだし
>>2
>Aが上から目線っぽくて嫌 >お母さんが子供にしてあげてるみたい ここがコメ主のキモっぽいのに、なんでスルーしたの?
>>12
なんだかわかってきました。それまでわりとライトな文体だったところに急に古風に感じる言葉が入ってくるのが嫌みたいです 「髪をすいてやれば」は文脈的に仮定ではなく実際に髪をすく動作をしていると読めるので、では古風な言葉をあえて使っているんだなと判断して、それまでの文体との落差が大きいほど歯茎剥き出しで威嚇してしまうんだと思います。(威嚇は書き手ではなく文章にしています。書き手にこの気持ちを伝えたことはありません) 楽しく読ませていただきました、ありがとうございます! 7iXSDupOちゃん、なんでそういうこと言うの。やめな BGlgj2Ckさん ちょっと前に車にはねられて脚を骨折してるので、図書館行くのきつくって…治ったら行きますね 買うのは積んでる本があるので、それを片付けてからで勘弁してください
>>25
その親愛や甲斐甲斐しさみたいなやつって、「~てやる」の部分にかかってるんじゃないの? ①Aが髪を漉いてやれば、Bは〜 ②Aが髪を漉けば、Bは〜 ③Aが髪を漉くと、Bは〜 ①②の違いに甲斐甲斐しさがあるのはわかる このスレの本題は②③の違いだと思うんだけど、ここにも甲斐甲斐しさの差がある?
>>13
トピ主が説明下手かつ雑で、なんかイライラさせちゃってたらごめんね 商業うんぬんのところは自分の読書の幅が狭いから商業小説で見たことないだけで、商業で見た場合にはいきり立たないかも、でも見たことないからわかんないなっていう話でした 一般文学でめちゃくちゃ出てくる、了解
>>14
小説読む割合は一般が9.7、同人が0.3くらいの割合なんです ミステリ大好きで、他のジャンルは人に薦められないと読む機会なくてぇ…おすすめあったら教えてください
>>25
36 その通りだね。トピ文の例からちょっとズレてたのか! 自分は②③にはあまり甲斐甲斐しさは感じないな。トピ主の答えが楽しみ
>>30
横からでごめん、私もこれが理由で苦手派 ちょっと古風でおしゃれな言い回しにしたいんだろうな、という意図が悪目立ちするというか
文章表現への理解度が低いと見慣れない言い回しを見るだけですぐに「おしゃれ風で気取ってる」とか「古風で鼻につく」みたいなマイナスイメージで見ちゃうんだろうね。
「時たまAがBの髪を鋤けば、Bは落ちていく毛の一本一本をついつい目で追ってしまう。」 「勉強しているBの横でAがゲームをすれば、いつの間にかBもゲームに手が伸びている。」 「捕虜もすぐ殺さず生かしてやれば、後で何かの役に立つということだろうか。」 「誘拐された坊ちゃんを救ってやれば、きっと親から謝礼がたんまり貰えることだろう。」 「野菜はミキサーにかけてハンバーグにでも混ぜて食べさせれば、野菜嫌いの子供でも気が付かない。」 「新しいレシピを試してやれば、料理のスキルが向上するかもしれない。」 「おばあちゃんが寂しそうなら電話してやれば話相手になってあげられる。」 「締め切りを忘れている同僚にLINEしてやれば思い出させてあげられる。」 「彼女もセキュリティシステムを導入して家の安全を確保してやれば、心配なく暮らせる。」 こういった例文でも違和感あったりするんだろうか?
上ふたつ以外は仮定の用法だから、このトピで取り上げられてるのとは違うと思う
>>16
一般小説で一度該当の文章と出会ってみたいです。おすすめあったら伏せ字とかでいいので教えていただきたい ところで「読んでみたら?」で止めずに「読んでみたらどうだろうか?」にすると文章が柔らかくなりますね。気を遣われる方なのかなと勝手に思ってます
>>43
A…!Bの頭は畑じゃないよ…! 時たまやってるのも面白すぎる
よく見る表現だなと思う ただ、例文の「Aが髪を漉いてやれば、Bは〜」だと ・AはBが何か反応を返してくることをわかった上で意志を持ってやってる ・Aの思い通りの反応をBが返してきた ・Aの行動が原因になってBの次の行動が起こっている みたいなニュアンスを感じ取ってしまう。 あと上にも出てるけど甲斐甲斐しい感じというのもわかるので、「Aが○○をして、Bは」で良いところが全部「Aが○○をしてやれば、Bは」「Aが○○をすれば、Bは」だとかなり違和感があるかも。 Bの行動全部Aの行動に起因してるんか!?みたいな 30コメさんが書いてくれてる「同人だと1、2段落ごと、ヘタしたら2、3文に1回ぐらいの頻度で使われてることがままある」ていう状況を想像するとかなり変かもと思うし、苦手意識感じても仕方ないんじゃないかな。 1作品の中でシチュエーションに合わせて1~2回出てくるだけなら気にならないというか、その頻度ならよく見る表現だなと思う。
>>43
畑じゃないよおもろすぎる 落ちていく毛っていうか抜けてない???目で追ってる場合じゃないよ!
>>22
大嫌いだ!!から始まるトピ文なのがよくなかったですね〜 それを好む人から「こういう効果を狙っているんだよ」とか教えてもらえたら何か変わるものがあるかもしれないけど、このトピじゃそれを好む人が教えてくれるまでに至らないというか帰っちゃいますね
え、めっちゃ分かるって思った。けど他の人の解釈が私と違うので自信なくなってきた。 分不相応にかっこつけてる感じがダサい、みたいな感情だよね? 「やれば」のよくある使い方じゃないけど、玄人風の使い方をわざわざしてる事に関して、ぞわぞわするというかダサいなーみたいな… トピ主と全然違ってたらごめん。
口語的な現代文の小説の中にいきなり文語体での「~ば」の使われ方が出てきて、それが文章全体の文体から浮いてるために悪目立ちする かつ、同人小説だとその使い方を好む作者の文中には割と何度も何度も出てくる …というのが苦手の理由かなと思った 違和感としては、これ明らかに普段使いしていないんだろうな、という難読漢字の単語が小説中にぽっと出てきたときのダサさとおんなじ
>>50
横だけど 「プロレベルに達してない素人のくせに玄人ぶった文体で生意気にイキるな」 みたいな感情からくる嫌悪感ってこと?
「すれば」の方は「現象」「反射的な反応」「当然の反応」みたいなニュアンスが入ってるのかもと思った a 頭を撫でると猫は気持ちよさそうに目を閉じた b 頭を撫でれば猫は気持ちよさそうに目を閉じた a 夜空を見上げると満月が浮かんでいた b 夜空を見上げれば満月が浮かんでいた なんとなくbの方は「当然」っぽいニュアンスが強いかも? んでそういう意図があったとしても多様するような用法ではなさそう 国語の先生に聞いてみたいね
>>50
>53 言語化難しいけど方向性としてはそんな感じ 中二病に対する感情に近いかな…
ID変わってるけど50です