ちょっとテーマからズレるけど、解像度低い作品があるからこそ解像度高い作品が輝くという事実もあるのでこういう話題だと解像度が高い方が良いという価値観になりがちだけど二次創作だから色々あっておもしろいんやでとは思うw作者が解像度を操っていて分かっていてキャラ崩壊させてて面白いやつもあるしね
これ「単に自分の意見と同じ人のことを『解像度高い』、違う意見の人のことを『解像度低い』って言ってるだけやろ〜」って思って読んでみたら、そうでもなくてちゃんとした解説っぽいのもあって納得しちゃいそう
>>54
二次創作の醍醐味だよね ありがとう
>>37
すごい今更のコメ返だけど…… 解像度とはつまり読解力≒国語力であるとするのならば、後天的に身につけるのはかなり大変なんじゃないかな 昔から現代文だけは模試一桁代の人間だったけど、国語の勉強をしたことがない(クレムにもこういう人多いと思う) 周りの国語得意な子もそうだった 国語ってセンスの比重が大きいのか、努力による成長を感じにくい分野だと思う あくまで私見だけど、「解像度高い」という褒め言葉は所詮「私と解釈が近い」の言い換えでしかないと思う 読解力なんて大層なもんではない多分 変に国語の勉強とかするより、作品読み込んで自分の考えを言語化→たくさん作品としてアウトプットした方が「解像度高い」評価をもらえる数は増えるのでは 率は度外視するとしてね
原作の読み込み度合いもそうだけど、原作に描かれてない部分の補完の仕方でも、解像度の違いって出ない? キャラの属性に自分がよく知らないものがある時、それを実際調べて補完するのか、自分の空想(捏造)で補完するのか、その違いで解像度の高低って出る気がする…もちろん前者の人のほうが解像度が高い 例えば好きなキャラが自衛官とか実在の職業で特殊な世界にいるキャラの場合、解像度高い人は、作品で描かれてる部分だけじゃなくて、その職業についての本やその職業の人が出てくる他の小説や作品から情報を収集して、キャラクターの情報として補完する 解像度低い人は、すぐ調べれば分かることでも調べずに、自分の知識だけでなんちゃって設定のまま二次創作する
原作何度も読み込んでるかどうかだと思う さらっと描かれてるそのキャラらしさ(なんでもないシーンの所作とか)まで見てて読み取って作品に昇華してる人は解像度高い!って感動する キャラのビジュとか関係性が好きで二次創作ばっかり読んでる人は他人の解釈にひっぱられてたり実際のキャラらしさより自分がこうあってほしいAくんってことが多い気がする
個人の経験や自論を根拠に解釈を深めてる人で「…だから…という解釈もできる。でもそれはほぼ自分の願望であって事実とは限らない」まで言ってくれる人は解像度高いなと思う。原作を読み込んでて、尚且つ妄想は妄想だとバッサリ分けられるくらいに自己分析も出来てる人は信頼できるなーと思う 自分の考えたことが間違ってても受け入れるつもりの人は、傷つかない為なのかもしれないけど何通りも解釈を持ってたりする その結果、解像度が高くなってる印象
変に先入観を持たずに客観的に見れるかどうかの違いもありそう
そのキャラを原作軸に当てはめた時に違和感があるか否かで判断してる BLみたいに明らかな捏造部分は抜きにしても細かい仕草や話し方から想定されるその人のキャラの解釈が原作からあまりずれてないと読み込んでるなって印象を受けるよ
頭の良さと客観性
>>59
自ジャンルは二次創作勢はまさに「こうあってほしいAくん」に囚われて視野が狭くなり、都合のいい部分しか見ずに原作解釈ができてない 逆に二次創作してない勢はフラットな目線で原作を読んでいて解釈が深いね
キャラ解釈と言動の解像度の高さだけはどこのジャンルでも褒められてきたhtrが自分語りをさせてください。 褒めてくれた人には「何を考えてそんなことが思いつくのかと思って観察していたら、常時推しが脳みそに棲みついてるんですね」とか「生きながら妄想してるのではなく、妄想の中で生きてる」とか言われた。 うみ⚪︎この哭く頃にを知ってる人はわかるかもしれないけど、友達がいない主人公妹が七姉妹と会話するような感じで子供の頃からいつもそれをやっていた。 自分と性格の違う推しが自分とは違う意見と考え方でリアルタイムで推しならこう言ってくれるって辛い時に脳内で話しかけてもらう妄想を常時していた。自分には不都合なことをアドバイスされるのすらも楽しんでいた。文章に起こすと気持ち悪いけどそのせいだと思う。 あと、エンパシーって書いてる人がいたけどそれもあると思う。頭は良くないけれど国語力は高かった。 箱推しでもあるけれど、ここでは嫌われがちな総受けでいつも活動してる。 ちなみに推しじゃなくても現実の人間でもそういう妄想はやる〇〇ならこう言いそうって考えるのが好き。好ましくない職場の上司ですらも「上司なら〜って言いそうw」とか物真似をしてふざけると同僚に「解像度高すぎるからやめろ!」とか「絶対言う!」「似てる!キモイ!」と言われる。
これ実際に解像度高い人の作品読んで、はえ~キャラが生きてる~って思ったことあるんだけど・・・ その人にどうやってキャラ掴んでるんですか?って聞く機会があったから聞いたら、ゲームとかだとそのキャラが喋ったシーンやモノローグ、そのキャラについて誰かが喋っているシーンを全部動画かスクショ取って残して、作品作る毎に見返してますって言ってた だから解像度高い人は、そのキャラがどう他人と関わるかや自分と向き合うかを見てるのかなって思った 逆に解像度低い人は、そのキャラの個性や属性(ツンデレとか奥手とか)だけで見てる気がする ぶっちゃけた話すると、解像度低い人の作品は同じ属性を持つ違うキャラに置き換えても読めてしまう あとそういった属性を誇張しがち
何回か出てる「推しカプ以外のキャラも好きな人、カプとか関係なく原作楽しんでる人」が描く二次創作はいかにもそのキャラが言いそう~で解像度高いと感じる 逆に推しカプしか興味ない人は、他キャラの描写が適当もしくはカプに都合いいキャラに改変されててなんだかなと感じる 前者の人とは普通に原作の話できるけど、後者はこだわりや思い込み強くてうかつに話できないかな…
作品やキャラのありのままを受け入れられるかどうか、かな。 解像度が高い人は作品やキャラを知ろうと努力し、嗜好と解釈が一致しない時に軌道修正出来る。 逆に解像度が低い人は自分の意のままに操りたいから簡単に設定改変するし、キャラをテンプレに当てはめる。
推しや作品に関係がありそうな知識を知ろうとするかしないかだと思う 解釈を深めるためにどんなことでも知りたくて本を読む人や習い事をする人の解像度は高い気がする
知り合いの神字書きさんは頭の中でアニメにして喋らすと言っていました そのキャラらしくない言動は、声を想像して台詞再生するとすぐおかしいと気づくそうです 行動にしてもモノローグの朗読を想像すると、すぐ「ん?」となると言ってました ここからは私の推測ですが、思うにアニメで実際話した、話しそうなことは聞き慣れていて違和感がないのではと思います 逆に、まったく言ったことのないようなことが浮きやすくなるのかなと思います
>>71
卵が先か鶏が先かみたいな話になるけど、リアルで本読んだり習い事するくらい熱量高い人だから解像度が高いのか、それとも知識や経験を重ねたから解像度が高くなるのかどっちなんだろうとふと思った。どっちもか? オタクでもそこまで調べたり経験しようとする人自体が稀だからね。
これ
これわかる。原作自体が好きな人の作品ってキャラがキャラの声でちゃんと喋ってくれる。キャラクターのリズムが合ってるんだよね。
私の神字書きはキャラに寄り添うって言ってたよ 自ジャンルはもう何十年も三角関係で戦争してて、公式的にはAB、ACもどっちもあるけど最終的にはAB けどABは絶対にACを認めないし(一瞬の感情すらNG)逆も同じ でも神はACもあったと認めてるし、Aの悪い部分を神作中ではっきり責めてた。そういうとこに差が出たと思ってる もっと作品書いて欲しいのに他ジャンルがメインで悲しみ
お世辞を真に受けるタイプだね…
解像度低い人の作品見ると受けがご本人なんじゃと思うレベルでキャラらしさが無く夢を読んでる気持ちになる 自分の欲望に沿ってキャラを捻じ曲げてる感がすごい キャラらしさに向き合える人って原作を大事にしていて読んでいて安心する 人と分かち合う意識があるんじゃないかな
話ズレるけどここ読んでて、二次で人気なかった人が一次で人気出る現象にも解像度の件が繋がるのかもって思った。 解像度が高い人=原作ありきの二次向き 解像度が低い人=自分で一から作れる一次や商業の方が向いてる そういう傾向あるのかもって。一概には言えないだろうけど。 いろんな人の解釈読めておもしろいトピ!
確かに!面白い知見
面白い!もっと人それぞれの解像度に対する考え知りたい
解像度高いはよく言われるんだけど、逆にパロディとか世界観の解像度低いと描く気になれんな 別世界で生まれ育った推しがどうしてその思考に至ったのか全く検討つかなくて原作軸しか描けん
>>3
でもこれ諸刃の剣だと思う 原作ではたまに古めかしい言葉遣いする程度なのに歴史資料を勉強しすぎて、そんな言葉遣いしてたっけ…?ってくらい堅苦しい古語使って台詞書いてる人見ると「あーやり過ぎちゃってるな」と思う 特に歴史系や海外物は史実を調べるうちにその調べた材料を使いたくてキャラの個性二の次にしちゃう人多い 頭が回る人は固くしすぎず崩しすぎず、原作の世界観をニュートラルに持ち込めるよね
解釈をちゃんと「個人の妄想である」と明言してる人の解釈って解像度が高いと思う 個人の妄想なのに「解釈」とか言ってると、客観性ないなって思っちゃう
推しが言いそうではなく推しに言ってほしいセリフ言わせる人、だいたい解像度低い 自分の理想というかこうあってほしいとか、既存のカテゴリに当て嵌めすぎてたり。(天才キャラだから子供できたら論文読み聞かせてそうとか) 口調とか言葉を駆使して言いそうと言わせたいをうまく馴染ませるのが神なのかも
>>69
前半後半両方分かる 解像度低い人は本人だけが公式の話をしてるつもりで実際は「僕の考えた最強の公式」の話にもっていきたがる そういう人って公式の話題をしてないだけじゃなくて、こっちの意見も言いづらくなる謎の圧力を感じる
わかる
>>37
57 もっと今さらだけど 自分は家の教育方針(笑)で小説しか娯楽を与えられずに育ったせいだからどう考えても後天だよ 幼少期の刷り込み的な土台を先天として扱うなら知らないけど
固定は固定にこだわりすぎてて解釈浅くなってる場合がある(もちろん深い解釈の人もいる) 原作全体が好きな箱推しとか雑食で色々書いてる人のほうが、フラットに捉えていて解釈深い
原作のストーリーとキャラクターが全員好きな箱推しの人が書く作品は、全員の特徴が捉えられてるのと、ワキキャラの特徴やエピソードを落とさないから、解釈が深く見える。 カプのために他キャラを動かさないから、ご都合主義なお助けキャラを出してこないし、サポート役もいかにもやりそうなことしかしない。 カプ成立のためだったり、見たいシチュのためにキャラの性格とかエピソードとか曲げると浅く見える。
結局のところ、自分の好みに収束するんじゃないかと思ってる 人って不思議なもので同じストーリーを見ても登場人物Aを悪人だと思う人と善人だと思う人がいる 自分が悪人だと思っていれば悪人っぽく書く人が解像度高いなと感じる つまりは自分と感性が似た人が作ったものの方が解像度高いなって思うんじゃないかな
これは大きいと思うんだけど、大多数の人が思ってることをどれだけ掬い上げられるか、ってことじゃないかな?
>>83
これ、逆は見たことないんだけど 独自性強くて大好きな商業作家さんの二次が誰おま創作だったことが複数回ある 傾向はあるかもね
>>95
自分はこれ逆だなー。雑食で色々まんべんなく書いてる人は、それぞれのキャラの深堀りができてなくてどの作品であってもいまいち解釈浅い感じ。 固定は良くも悪くもそのキャラ二人だけをガン見してねっとり分析、深掘りしてるから、その分解釈も深い印象。もちろん箱推しで全員をがっつり深掘りするタイプなら例外だけど。
単純に頭の良さの違いだと思うわ 学力だけの話ではなく、地頭の良さ、記憶力、論理的思考、発想力…などなど、いろんな能力が高いから良い作品が書けるのでは
これ
>>76
その神字書きさんの作品が読みたい…悪かった部分にも寄り添ってると解像度高く感じる。 推しキャラクターの全ては許されるべき!みたいなのは自分も、都合いいとこしかいらないんかい!?ってなるから。いいんだけどね二次創作は妄想だし。でも浅いなあと感じる。
>>95
100 固定って自分の好きなパターンに当てはめるために捏造強い人が多いイメージだわ あと、他のキャラを固定キャラのための道具にしがち
これ。固定の人の作品は受けがやけに女っぽかったり攻めをスパダリにしようとしすぎてて原作の行動と違うと感じることが多い。
解像度の低い/高い、普通に国語の文章問題で何点取ってたかがそのまま反映されると思う あとはシンプルに興味の度合いの差だよね ABのカプでもBにだけ興味ある人はAとBへの解像度全然違う ついでに国語の話でいくと100字要約がどれくらいできたかも字書きの能力には大きく関わってると思う
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13790632#6 これ。 この考え方してる人の三人称はマジでうわー!原作っぽい!!!ってなる。一人称は若干ブレる。
箱推ししてる人で解像度低い人いるけどなあ 根が雑食タイプは原作から抽出したキャラというより誰かの二次創作の寄せ集めイメージ像になってるパターンもある リクエスト受け付けていたり持ち上げられたら何でも描くタイプの箱推しがコレ
何かここでもまた固定ガー雑食ガー箱推しガー討論会の流れになりそうになってるけど、結局はこれだ。解釈(解像度)って所詮正解がないんだし、全方向で頭がいい人が書いたら説得力ある解釈になってて万人を納得させ、引き込んでしまう。地頭の良さ。
>>111
誰かの二次創作の寄せ集め すごくわかる、至言 原作読んでるのかなあって人いるわ
>>101
キャラ解像度高い人って作品から頭の良さが伝わってくるよね 頭いい人って客観視得意だから自分ってこんな人だから〜みたいな痛い自己アピールしないし余計な一言も言わないのでTLにストレスがない