しばしば例に出されることの多い「産業革命」時代やそれに類する人類の技術の転換点となる時代でも、今のような「意見の対立や平行線をたどる議論」は起こっていたのだろうか。 それにしても、2~3年経てば徐々に生成AIを創作に導入するプロ作家とかが増えてきて、それに伴って徐々に受け入れられていくのだろうと素人なりに推測していたのだが、ここまでプロアマ含めた反発の声が根強いとは予想外だった。 生成AIを世に出した人々は、果たしてここまで反発が根強く続くだろうことを、どの程度まで予測できていたのだろう?
>>151
これもまた「技術自体に善悪はない」ということか、つまり攻撃者に強力な武器を与えることにもなると。 生成AIだけじゃなく、「便利で強力な技術」って自分や味方が使う分には脅威にならないけど、それを敵(自分たちを害したい者)も使えるようになると・・・。 なんか新しい技術が出るたびに、「同時にその技術を悪用した新しい脅威やリスク」が誕生して結局その対処に追われることを考えると、なんだかなぁ・・・って気持ちになるな。 社会が便利になるのと引き換えに、永遠に人間同士で終わらないイタチごっこを繰り返しているという気がする。
>>222
223 法律としてはそれで正しいからほんとお気持ちでしかないんだけどね…… 「自分のオリジナル作品のファンが引用の要件を満たさない形で自分の絵を無断転載する」のと「自分の作品になんの感想も持たない(そもそも「作品」として見れない)AIが自分の絵を学習する」のと、どっちがいいか?的な感じ 法律的には前者を著作権侵害とみなして後者を違うとするのは当然のことだと思う でも私個人の心理的には前者はまあよほど変なことしなきゃ大目に見るけど、後者はなんかやだな……って感じで逆転してるんだよね (どっちも同じくらい嫌な人や前者は絶対嫌だけど後者は気にならない人、別にどっちも気にならない人、いろいろいると思うけど) 特に規制の根拠にはならないけど、くだらないお気持ちとしてバカにされるのは切ない……って感じ
>>222
228 俺個人の考えだが、生成AIに関する法律や現実的な生成AIへの向き合い方の話はさておいても、とにかく「お気持ち」という言葉が悪い意味で使われ過ぎているという気がする。 たしかに、広いネットや現実社会を見渡せば一見すると「それはさすがに個人のわがままなのでは?」という意見があるのは事実だとは思うし、そういった意見にうんざりして「それはお気持ちだ」と言われてしまうことも分からないではない。 ただ、「お気持ち」と揶揄される意見の中には、「本人がやっとの思いで絞り出した声」や、「批判されるかもしれないし理解されないかも知れないけど、それでもこれが今自分が感じていることなんだ」といったものもあると思うんだよな。 そうしたものさえも一括りに「お気持ち(揶揄)」としてしまって、半ばその人の意見を一笑に付してしまうようなことは、本当はまずいんじゃないかと思うよ。 「お気持ち」の言葉が要求することをそのまま受け入れる必要はないし、「お気持ち」で簡単に安易に法律や司法が左右されることはダメだし危険だけど、それと同時に他人の声を安易に簡単に「お気持ちだ(揶揄)」としてしまうことも、危険だと思う。
>>221
なんかこういうの書き込まれると雑意見と雑トピで勢いよく流されてるんだよなあ よっぽど都合が悪いんかな
>>226
EUやアメリカが規制の方向へ動いてることを知らない? 2、3年経ったら日本からのメディアコンテンツはAIによる著作権違反を確認するのが面倒だからで輸入されなくなる可能性の方が高い気がする
字書きだけど普通にクオリティ高い文章出してくるし特に地の文こだわらなければ出力ほぼそのままだしてる 工数削減で思考別のところを回せるから助かってる
私もAI使ってみたけど私より面白い文章書いてきて笑った、クオリティ高いよね 字を書きはじめたてで自分風に少し変えて発表しようと思ってるけど大丈夫そうかな
今後は生成AIを使ったコンテンツが増えるし、著作権の問題さえクリアすれば普通に商業ラインで使われるようになる むしろ商業ラインで使えるようになるために、著作権の問題をクリアする方法が考えられるようになる (抜け穴ではなく、もっと根本的な法改正や規制) いっぽうで、感情的な「好き/嫌い」は残る。クオリティや法的な問題とは別にどうしようもない 食品添加物が法的に認められて健康面でも一応安全とされていても、忌避感を抱く人がいるのと同じ 結果「生成AIを使っていない」というのが一種のステータスになる 「無農薬栽培」とか「伝統技術の職人による手作業製作品」みたいなもの おそらく「生成AI使用」を明記することが義務化されるんじゃないだろうか 生成AIが作った、クオリティが高いもの と 人が作った、クオリティが高いもの を、善悪ではなく好き嫌いで選ぶようになる 生成AIに近い業界にいるので、個人的には生成AIの進化には期待してる でもそれを使う人間の倫理が追い付いてないと感じている
>>235
純粋に疑問なんだけど、生成AIで絵を制作している人は、なんで「絵師」を名乗るんだろう 「プロンプター」とか「調教師」とかなんとでも言いようはあると思う 生成AIで良い絵や文章を出すのって普通に難しいから、ボカロPみたいに独自の呼称を名乗ればいいと思うんだけど
>>233
同じく字書きなんだけど、コメ主みたいな感覚の人もいるんだね (本当に全く煽りのつもりはないです。周囲にいないのでびっくりしただけ) 私はクオリティ高い文章出されても、他人が書いた良作、としか認識できなくて 「めっちゃ良い!でも自分で書きたい」って思ってしまうから、欲求が違うってことなのか ちなみに思考を別のところに回してるっていうのは、どこの工程に回してる? プロットとか?
>>235
生成AIでイラストも開発もやってる人知ってるけど、自称AI絵師ほとんど見かけない。 単に観測範囲の問題じゃない?
誰でもいい絵は既にAI画像に置き換わってるし、人間の代わりにAIモデルが宣伝してる企業もある 昨今の芸能人の炎上とかで企業PRはAIにやらせろって声も増えてきてるし、どんなに倫理観と説こうが問題点を挙げようが止まりそうにないなーと思ってる
>>235
235です たしかにXで盛り上がって流れてくるのが大部分だからそう思っちゃったかも 認識を改めよう・・・ありがとう
>>239
どれだけ騒ぎになっても結局少しずつ生成AIが浸透してきてるよね… 大多数の人間からしたら絵なんて何でも良くて生成AIは便利なものなんだろうな
私達がスマホを使いこなすようにAIを使いこなす日が来ると思うよ ただ自分で描きたい書きたい欲求がある人は創作を続けるんじゃない? AIが作った娯楽と共存しつつ、人間が描いた書いた作品に付加価値が付くようになると思う
AIで権利主張も嫌いだし 過激な反AIも嫌いだから 両方共倒れして欲しい。頼むから巻き込むな
その”声の上げ方”がな~って感じだなと 少なくとも暴言(犯罪者、泥棒、卑怯者、無能、脅迫、無産、AIゴブリンなどなど)を吐いているのがSNSでは多数(RPやいいねなども)いるので世論を味方につけるのは到底無理、というかそもそもつける気があるかも疑問ですね もちろんAIユーザーにも迷惑な輩はいますよ?けどそこでカウンターとして上記のような対応をとっているようでは端からはどちらとも関わりたくないと思われるのが必然かなと 今、このコメントを打っているタイミングで非常にタイムリーなものが”AIユーザーによるポスター掲示による嫌がらせ” これに関して言えることですが、結局基準が非対称なんですよね 一方の迷惑行為は殊更問題視する割には一方の過度な発言等は問題視しないんですよね、特に反AIと呼ばれる人たちにこの傾向があるなと まぁ反AIと言っても規制派とは別扱いされてたりされなかったりで、ぶっちゃけ自浄作用なんてのは難しいんだろうなと(AIユーザー側も同様に) ただとりあえずは上記のような暴言を言う輩が減る、または同じ陣営から糾弾されるような空気ができない限りはまともな議論は成り立たないし、そんなことをしている間にAIはどんどん進化していくでしょうね
典型的なAIユーザーまたは擁護の言い分だなぁ
絵描きはほとんど発達の社不 発達の社不の中でも特に何も持たずに生まれたやつが生成AIで自分もできた気になってると思ってる
超解像使った絵が食われたらどうなるのかは興味ある
正直興味はあるけど現ユーザーに悪目立ちする人が多すぎる なんで散々付き纏われて訴訟までした人にさらに攻撃するような真似すんの…
ただの泥棒。 以上。
とにかく生成AIの一番の問題は、出力物が"既存の特定の作品に酷似してしまうことがある"ということ。 しかもそれをチェックするのが使用者な上、訴えることができるのは特定の作品を作った側。だから、そもそもそういうものを出力しないようにするか、もしくはこれは〇〇氏の作品に似ています、と表示させるとか、できるなら開発側でもっとどうにかしてほしい。(ヨーロッパなんかは出力させた絵にウオーターマーク義務が議論されてるみたいね) これが今よりぐっとクリアになれば、色々と良い方向に進むのでは。 それはそうと現状そうならないようにするには、プロンプトを入れすぎない(たくさん入れれば入れるほど、特定作品に似ていくと思う)、既存作家の作風を避けると指示する、アイデアのみ参考にする(アイデアは著作権がない)、チェックだけに使用する、とか思いつくかぎりではこんなところかなと個人的には思ってる。著作権に配慮した使い方をするなら創作の手助けに有益だと思うけど…。 ただこの先も生成AIを受け付けない人はいるだろうから、235さんの言ったように無農薬野菜的にするしかないと思う。できれば、生成AI一切不使用って表記する方が良いと思うけどね。(それ自体が価値になるだろうから)
最近もAI映画祭で「誰でも映画を作れる時代に」なんてニュースになったけど、ストーリーはふつうに人間が作ってるみたいで、映像に関しては生成AIに任せちゃおうという物。ただやっぱり、同じAIサービスを利用してる以上、どれも同じような画風にしかならない。 私としては「RPGツクールで誰でもゲームが作れる時代に」と同じ物を感じた。 特にRPGツクール2000の公式基本素材は見た目が安定的だったので、自分で画像や音楽を作らなくてもそこそこ遊べるゲームを作れたんだよね。 だけど本当にゲーム製作できる人は画像素材も音楽素材も自分らで作るし、そういうことは生成AIでも同じだと思うけどね。