歴史ものの小説でその時代にはない言葉などがでてきた時に読み進めら...
歴史ものの小説でその時代にはない言葉などがでてきた時に読み進められますか?(バ○ラ以外のもので)
それから小説を書く方に質問なのですが、歴史ものの小説の会話などにカタカナ英語が出てくるような小説をたまに見るのですがそういうのは何故なのでしょうか?どんな効果を狙ってなのか知りたいです
そういう世界観に変換して読めって事ですかね?
みんなのコメント
読む側からの意見です。
西洋人や西洋の国が一切出てこない、明治以前の日本の歴史小説を想定してお答えします。
以下の場合であれば、読み進められることが多いです。
·作者が、地の文で現代目線で当時の人物に関する説明や考察をしている場合。司馬遼太郎さんの小説でよく見たような記憶があります。
·現代からタイムスリップした人が主人公である場合
逆にこれ以外のケースで、あまりにカタカナ言葉が多い話だと、ちょっと場違いに感じてしまいます。
作者があえて使っているのと作品に落とし込んでいれば読めるし違和感ないですね。なるほど
あまりにも多いと場違いと感じたり浮いたりして読み進めるのに邪魔になりますよね
ありがとうございます!意見いただき嬉しいです!
完全にその時代の言葉遣いで書かれるともはや擬古文になってしまって現代人としては読みにくくなっちゃうのかなと…
それで完全に現代っぽい言葉遣いにするか時代劇風にするかはその人の好き好きなんだと思います。
質問に答えてなかったので補足します。
時代や世界観にそぐわない単語が出てきても読めます。
現代語訳・日本語訳してあるものだと思うといいかもですね。
たしかにバランスですね
言われてみればその当時の言葉では読みづらいですね
現代の言葉に置き換えたと思えば読める気がします!ありがとうございます!
書く側が深く考えて書いてないか、分かりやすさを取ってカタカナ英語を使ってるんじゃないかな
現代人が読むには分かりやすくていいけど、雰囲気はまあ…台無しですね。
自分はツッコミ入れつつ読みます。
因みにカタカナ英語って例えばどんな言葉?身の回りの物とか?
ふかく考えてないか分かりやすさかどちらか見極めるのはなかなか難しいですね
おっしゃる通り雰囲気が台無しになり読み進められない事もあるので何故カタカナ英語使うのかな?と疑問に思っていました
例えば
「ワシはその道のプロですから」
みたいな感じですね。プロって言葉を何故あえて使うのだろうかとわかりませんでした
なんか敢えて使ってる感ありますね。
漫画で言うところの『等身を下げてギャグっぽくする』表現なのかなとちょっと思いました。
その場面をキャッチーにしたいとか、その前後で雰囲気を変えたいとか、書き手の思惑があるのかも知れませんね
書き手ですが、その時代にない言葉が出ると急に冷めて読めなくなるタイプです。
また自分が書くときもその国、その年代にある言葉や慣用句等に置き換えて齟齬がないようにしています
歴史研究家や言語研究科の書いた書物でもなく、素人が趣味で書いてる歴史風モノなわけだし気にせず読んでるなー
時代にそぐわない新語や外来語が!!といっても、厳格にその手の言葉を除外していったら「接吻」とか「〜でしてよ!〜ですわ!」とかのお嬢様言葉もその時代には無いだろってことになって、
表現の幅がすごく狭まって伝わりにくくなってしまってしまったり、読み手(現代人)からするとすごく読みにくい作品になってしまう気がするから。
たとえ現代と同じ言い回しを使っているとしても、その当時その言葉に含まれていた意味と、現代語とでは意味が全然違って……それは明治以降の当て字なので江戸時代ならその漢字表記...続きを見る
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