ID: 86d9cnQA約1ヶ月前

他人の二次創作、それらを通した交流に興味が無い人をどう思いますか...

他人の二次創作、それらを通した交流に興味が無い人をどう思いますか?

普段どんな創作も楽しく見れるのですが、自身が創作側に回る作品については他人の二次創作を一切見たくありません。傲慢かと思われるかもしれませんが、自身の想像する世界が一番好き、そこに他者の意見を介在させたくない、というのが大きな理由です。一人で気の向いた時に作品を作って、偶然見かけた誰かが楽しんでくれれば良いと思っていますが、現ジャンルは界隈が狭い分、お互いがどんな作品でも褒めどころを(時には無理やり)見つけて交流している環境が辛くて……

自身の作品に対してコメントやいいね関連の反応をしていただけるのは本当に嬉しいです。ただ、他人の作品や、そこから先の交流を求めていない人間からすると、今の居心地は複雑です。自分だけ他者の作品を褒めない、広めない、偏屈な人間に見えていると思います。

皆さんは他人の二次創作を見て、純粋にどんな想いを抱きますか?作品を通して、作者と積極的に交流したいという思いはどこから生まれてきますか?

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みんなのコメント

ID: RC1ygOYt 約1ヶ月前

トピ主さんの考え方も1つだと思います。
自分の世界を守りたい、毒されたくない。という。

「井の中の蛙、大海を知らず。されど空の青さを知る」
青い空が大好きであれば、それはそれで良いのです。

しかし、こう考えることも出来ます。
「一番好きな空の色は?」と聞かれると、
9割の人は「青」と答えるでしょう。
しかし、中には
「赤」
「紺」
「黒」
「灰」
と答える人もいるのです。
それぞれ、夕焼けだったり夜だったり曇りだったり。
同じ「空」を見ていても、普通の人とは違う視点・目線・切り口で物事を捉える人がいます。
そういった物の見方が感性の独特であり、また刺激になったりもします。

Twitterなんかで「空」の写真を毎日撮ってあげてる人がいます。
なぜ、飽きもせず空の写真ばかり撮り続けるのか。
曰く「まったく同じ空というのは、二度と存在しないから」。
自分はその考え方が素敵だと思いましたし、そう言われると空の写真を撮りたくもなりました。
また、自分が撮れなかった、見れなかった「空」の、他人の写真を見るのも楽しみになったりします。

「空の青さ」に絞っても、写真やイラストで
その色使いや表現は人それぞれだったりします。

二次創作も同様で、同じ作品、キャラクターを見聞きしてても、
人によっては全然違う捉え方・表現をします。
自分はそうやって「あぁ、こう考える人もいるんだ」と感じることで感性を磨きたいと思っています。
だからこそ、他人の作品を見て触れて、時には作者自身に
「この発想はどこから来たのか」とか
「この表現にたどり着くのに、今までどんな作品を見てきたのか」とか
直球でなくとも、それとなくそういったことが探れることを聞いたりします。

私の中で二次創作勢との「交流」とは「営業」の側面もあれば「取材」の側面もあります。
もちろん、純粋に「すげー」って感想をぶつけることもありますし、
年中そんなに打算的な考えで動いているわけではありません。
元々「交流」が苦手だったので、そういった付加価値を付けることで
交流に結びつける動機付けをしている感じです。

そういった物事の多様性を捉える価値観、表現の幅を増やしたいというのが
自分の基本的な考え方です。
まさに「大海を知りたい」ですね。

もちろん、尖った表現や独特な感性というのは、その人が内面に抱え、拘ったものなので
冒頭にも述べたように毒されないように守るのも考え方の1つです。
尖っていたのに、角が取れて丸くなって、当たり障りない表現ばかりになってしまうと
それはそれでダメな状態に陥ってしまいます。

よく、同じ絵描きでも
イラストレーターとアニメーターと漫画家と画家には、
求められるものが違うなんて話があります。

独特の感性、尖った表現が求められるのは画家テイストの時、
そつなく色んな画風でなんでも描けるスキルはイラストレーターなんかで重宝されます。
もちろん、例外的に
そつなくなんでも描ける画家もいれば、尖った表現の画家的なイラストレーターもいます。
別に私もトピ主さんも「絵で食ってくプロ」を目指してるわけでもないと思うので、
そこまで考える必要はないかも知れませんが、
自分のお絵描きのスタンスをどうしたいか、と決めて通すのも1つだと思います。
交流などせずに、ひたすら絵だけをあげていくアカウントにする、とかです。

ただ現実問題として、SNS上で孤独を通すのは難しかったりします。
「ソーシャルネット」のそのまま、社会性を学ばなければ行けないときもあったりします。
それがお世辞だったり建前だったりするわけですが…

結局、SNS自体はただのツール、道具ですので、
それをどう使うか、です。

よく「自分探しの旅」なんて言いますが、
色んな人と関わりを持って、色んな人と触れ合うことで、
「まだ見ぬ自分を再発見する」なんてことがあったりします。
「自分」というのは内的に自分の中だけにあるのではなく、
外的な社会の中の自分を客観視することでも見つめることが出来ます。
排他的になるだけでなく、そういった他者との関わりによって
新たな自分を手に入れることも出来たりします。

と、ここまで長々と書いたところで、
トピ主さんにオススメしたい映画を1本。

映画『イントゥ・ザ・ワイルド』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=eQyE0Mu97Ec

見る見ないも自由ですし、
見たことによって受け入れる受け入れないも自由です。
ただただオススメしたいというだけです。

ID: 6biCfVx1 約1ヶ月前

>交流に興味が無い人をどう思いますか?

孤高でかっこいいなーと思うか、人付き合いが苦手なんだろうなーと思います。
できることなら自分もそうなりたい気持ちもあります(笑) 正直、他人の作品がそんなにいいと思えない時もあります。

作品がすごく良かったら感想を送ることはあるかもしれませんが、返答が芳しくなかったらそれ以上深入りはしないと思います。
中には、「自分が感想を言えば相手も自分に感想をくれるのでは」とバーターを期待している人もいると思いますので、そういう人にとっては期待はずれになるかもしれません。

>作者と積極的に交流したいという思いはどこから生まれてきますか?

楽しさ半分、打算半分というところでしょうか…
オタクしてなかったら接点がなかったような多様な人達と雑談できるのは世界が広がって純粋に楽しいです。
あとは、話せる人が全然いなかったら他の人が楽しそうにしてるのを見て寂しくなるような気がするので、それを防いでるという消極的な意味合いも少しあります。

打算の方は、交流してると感想をもらいやすくなるし、告知をRTしてもらえたり、本を買ってもらえる機会が増えたりする…ってのはぶっちゃけあります。

とはいえ、いくら打算と言っても気の合わない人・作品がいいと思えない人はフェードアウトすることが多いです。

なので、いろいろな意味で程度問題なのだと思います。そのへんの気遣いが苦にならなくて色んな人と付き合える人もいるし、少数の気の合う人とたまに話すくらいがいい人もいる。
ツイッターであまり絡みがなくても、イベントで顔を合わせれば楽しく話ができる人もいる。
無理のない範囲でいいんじゃないでしょうか~~

ID: 5y7O8Q9m 約1ヶ月前

わたしも自分が二次創作してる作品は積極的にほかの人の見ないな〜
例の履歴書じゃないけど………

うるせ〜〜〜〜〜〜!!!知らね〜〜〜〜〜〜!!!!!

って気持ちになっちゃいます…笑
ただ、やっぱ好きな絵柄の人とかは見ちゃうかな。

絵からなんか滲み出てるから分かるんだよな…。
大丈夫そうな人って。

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