一人の書き手が同じ雰囲気や題材の小説をいくつか書いていて、「何作...
一人の書き手が同じ雰囲気や題材の小説をいくつか書いていて、「何作でも見たい」と好意的にとってもらえる場合・「前も見た」「もう見ないでおこう」と否定的にとられる場合、差はどこにあると思いますか?
単純に文章力と構成というのが一番大きいと思うのですが、他に浮かんだのが
好意的→題材に癖がなく普遍的(初夜、すれ違いからの両思いなど)
否定的→題材が人を選ぶ(死ネタ、ハードな特殊性癖など)
あと、ギャグよりシリアス題材のほうが「ストーリーがちゃんとある」と受け入れられやすいような…?ジャンルによるのかも。
自分が「またかよ」と思われないよう気をつけたいので、書き手・ROM問わずご意見いただきたいです。
また、自分で書いていて「似たようなの前も書いたな…」とかは気にしますか?
みんなのコメント
同じ雰囲気の書き手さんは気になりません。
そういう作風なのだと理解し、それを読みにいくからです。
ただ、双子のように似すぎているとちょっぴりがっかりします。
(前の作品により勝手に「期待」している状態なため。)
書くときは前の作品から飛んできた方ががっかりしないように毛色が変わらない範囲で弄ります。
が、出来ているか?といいますと、非常に怪しい。自分が書き分けたつもりでも読み手には同じに見えるかもしれません。特に濡れ場なんか難しいです。村上春樹風に、「僕は女と寝た」で済ましたくなります。
巻き込まれタイプの主人公が悪者に捕まって助け出されるお話を読んでいて、1回目は「萌え~」と盛り上がり、2回目は「またかーガンバレ」で、3回目は「隙がありすぎ!」4回目「なんかもうダメ」になったことが。キャラの成長が少しでもあることと、捕まるまでの立ち回りの説得力がほしいですね。
トピ主さんが例に挙げられてた
【初夜、すれ違いからの両思いなど、死ネタ、ハードな特殊性癖など】など、これらは出来事だと思うので、
出来事が同じであったとしても、そこに至るまでのエピソードが違えば全然気になりませんし、
かき手さんがこのネタが好きなんだなぁと思うだけです。
初夜ばっかり書くけど毎回最高!って思わせてくれる作家さんもいますよ!
しねた、すれちがい、きおくをなくす、初夜、特殊性癖…そういったネタ自体はあんまり問題じゃないと思う。それより、物語の中で出てくる問題と解決方法が同じだと私は萎えるな…。
たとえば、しねたでも毎回必ず攻めが受けを庇ってしんで、受けが悲しむが攻めはそんなことを望んでいないと気がついて前を向く……って話だったら流石に飽きる。攻めがしぬ話でも、しにかたや理由、その後に起こる問題が違っていれば「またかよ」とはならない。
同じことばっかりやっていると、別軸世界とは理解しつつ「学ばないな………」となる。それは初夜やすれ違い両片思いといったネタでも同じ。
たとえば初夜ネタで毎回受けが経験ないのを気にして...続きを見る
別の方のコメントお借りしますが、「出来事が同じであったとしても、そこに至るまでのエピソードが違えば全然気になりません」に同意です。
人のは気にならないですが前も読んだ気がする…?となるようなお話があった時はそんな!これは今日の新作のはずなのに!と焦りました…。
特定のネタを愛されてる方でした。
あと、私も以前「同じ話ばかりだどうしよう」とかなり落ち込んでいたのですが、この人といえばこれだよねと言われるような作り方を目指すようになったら気が楽になりました。
(ここでアドバイスいただいたことがありまして)
ちなみに推しカプに記憶喪失ばかりさせてしまいます。
同じ展開は気がつくと...続きを見る
題材が同じでもエピソードが違えばいいというのに賛成
でもエピソードも似てても一字一句同じでない限り本当にいくらでも読みたいと思う人がいる
キャラの会話ややりとりが楽しい
奇を衒ってるとかウケ狙いな感じじゃないけど、このセリフが面白いとかこの部分が楽しいというのが毎回何箇所もある
キャラ解釈がとても好き
とりかえしのつかない展開や不快な要素・ストレスがない
文章力も全く問題ない
題材への好き嫌いもある
風呂敷広げすぎて畳めなくなったから別離エンドにしてるんだなと感じるようなのはまたかよ枠
不快だったりストレス展開が続くとまたかよとなる
無力キャラが性善説で動いて他人を助け...続きを見る