ID: aYCkwzhn2ヶ月前

愚痴です。一次創作をやっている者です。 時々、「自分はゼロから...

愚痴です。一次創作をやっている者です。
時々、「自分はゼロから創作をしている」と勘違いをしている人に出会ってムズムズします。
デッサンだって先駆者の考え方や技術を借りている、衣服の描き方だってデザインした人のものを参考にする、自然を描く時も誰かの描き方をを参考にしている。そうしないで成長していく人はいないと思います。
こういうことって気づかないものなんでしょうか…
自分は完全にオリジナルだなんて傲慢だなと思います。(その人だってどう見ても誰かの影響を受けているのに。誰もが誰かの影響を受けているのに。もちろん私も様々な人の影響を受けています。)
そして、上記のような考えを持つ人は「自分の作品は持ち上げて欲しい、でも他人の作品には敬意を払わない」というスタイルの人が多い気がして、どうなんだろうな?と思ってしまいます。
人の創作スタイルに疑問を持つ時間があったら自分の創作物を作った方がいいなあとは思うのですが、良い作品を創る人が自分はオリジナルだ的な発言をしているとどうにも残念に思います。

みんなのコメント

ID: 7V4s20BA 2ヶ月前

トピ主さんの投稿を見て、私なりに思ってることを吐露していきます。

■オリジナルについて
「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない。」ジェームス・W・ヤング

トピ主さんの言う通り、本当にゼロから作られたものなどこの世には存在しません。

どんな創作作品も要素分解していけばそれはすべて既知のもので構成されていますし、人が生活する上では文化や価値観なども既存のあらゆるものに影響を受けて人間が形つくられます。

作家の独創性、独自性といった意味でのオリジナリティは当然あると思います。
けど、それらオリジナリティを築くに至ったきっかけや起源となった「オリジナル」な物事も当然あるわけです。
だからこそ「何を表現しているか」だけでなく「どう表現しているか」という「表現力」が評価されるのが芸術という分野の本質ではないかな、と。
 
創作作品の話になると、やれ元ネタだパクリだ二番煎じだのという話にもなりがちなので、ついつい「誰も作ったことのない独特な作品を作ってやろう!」なんて考えがちで、それ故に出来た作品について「私の描いたものは完全オリジナル、まったく新しい物語!」なんて言いたくなる気持ちも分からなくはないです。

 
■独学独創について
例えばですが、木に実っている4mの高さにあるリンゴを子供に取らせようとします。
Aくんは何度も落ちながら木をよじ登って取りました。かかった時間は20分。
Bくんはそのへんの草や蔦を編んでロープを作り、それを枝にかけて登り取りました。かかった時間は30分。
Cくんは梯子を借りてきて登り取りました。かかった時間は10分。

さて誰が一番優れていたでしょう、という問いにどう答えるかで物の見方の違いが出たり。
「Aくんが一番だ!身体能力が3人の中で高い!今回の経験でより磨きがかかった。」
「Bくんが一番だ!ロープを作るという発想力と実際にそれを作る技術力がある!」
「Cくんが一番だ!効率よく物事を考えられる子だ!かかった時間も短い!」
「いやいや、誰が優れているかとか比べるものではない。みなそれぞれの良さがあった」
「時間で考えればCくんがダントツだった」
「梯子を借りてくるとかズルだろ」
「高さ4mをよじ登るとか脳筋、正気じゃない。何度も落ちて擦り傷だらけ、もっと大怪我をする恐れもあった」
「ロープなんかわざわざ作らないで借りればいいのに、時間かかってるだけ」
 
 
「自分はゼロから創作をしている」というのは、独学独創でやってきた人のプライドがそう言わせているだけなのかな、と思います。
けどそれって「車輪の再発明」になっていて手間や労力がかかってるだけで結局辿り着くところは同じだった、なんてオチもあったり…

たまに「楽をすることはズルだ、苦労こそ美しいものだ」という考え方の人がいます。
先人に教えを請うたり、ハウツーを見るのは「真の自力」ではない、と。自力でたどり着いてこそ境地。
なんて頭が偏っていて硬い人なんだ、と思います。

Ctrl+Zが使えるデジタル作画なんて論外、線を引くのに定規を使うなんてナンセンス、色を上から重ねられる油彩なんて邪道、色を丹念に重ねていく水彩こそ至高!
という考え方の人がいたとします。(水彩使いの人を卑下したいわけではないです、飽くまで引き合いの例え)
その人にとっては、水彩で描かれた絵こそが「一番」であり、それ以外のものは一切認められないわけです。
あぁ、なんて損をしているんだろう、と。

なんていうか、例え良い作品を出していても、これらの残念思考な人というのはやっぱりいます。
ただまぁ、ある意味偏ったり尖っているからこそ訴えたいことが伝わってくる、面白くて魅力的な作品が作り出せているのかも知れません。

自身の作品に対してどうアプローチしていくか、どういうスタンスで望むかは千差万別なので、私やトピ主さんが「残念な人だなぁ」という人もまた、そういった多様性の中の1つなのかも知れません。

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