承認欲求が強い人に寄りかかられやすい、依存されやすい人っています...
承認欲求が強い人に寄りかかられやすい、依存されやすい人っていますよね?なんでだと思いますか?
現実でもsnsでもオフでも、褒めて欲しい認めて欲しいな気弱に見せかけて承認欲求とプライドが高い、卑屈な人によく依存されます。
私自身は、ポジティブめ、褒めるのは苦じゃない、平等に親切にする方なのですが、これはよくないことでしょうか?
こっちが強く出たり、「そういうのはやめて!」と言えば、傷ついた、そんな人だなんて酷い、と向こうは八つ当たりだったり逆恨みされたり…
今後こういうことが起きないために何を気をつければ良いでしょうか?
なぜそんな都合のいい存在に見えてしまうのでしょうか?
みんなのコメント
>都合のいい存在
・断れない人
・話の主導権を相手に渡すタイプ
・人から嫌われるのを怖れる
・自分の意思表示をしないか、曖昧
・拒否しない
・無視しないで相手の話を聞いてしまう(流される)
かな
追記ですが
自分に自信無い人も舐められて愚痴のゴミ箱扱いされる事あると思います
トピ主の場合とはちょっと違うだろうけど
うお、コメント読みました!
・話の主導権を相手に渡すタイプ →自分のことを話す気がない為相手に話させる、聞き上手と言われる
・人から嫌われるのを怖れる →大した興味がないが親切には見られたいので相手をぞんざいに扱ったりしない(ある意味嫌われるのを恐れている?)
・自分の意思表示をしないか、曖昧 →重要事項は意思表示するが、大抵は興味がなく関係ないと思っているので人の指示に賛成する、そういう考えもあるねと言っておく
・拒否しない →まぁ、そんな人もいるかで済ませる
・無視しないで相手の話を聞いてしまう(流される)
→無視しないが一切の興味はない。世間話は得意だし会話自体は誰...続きを見る
自分に自信がないは違うかもですが、多分拒否せず話を聞いてくれるってところかもしらませんね。
弱さの吐口にされているっていうか。
2コメの1、3、4、5、6に同意(箇条書き上から数えて1から順に番号つけた)
優しいけど自分も大切にしている人は依存されにくいと思う
過度に自分を犠牲にしてまで相手に優しくするのはよくない、自己犠牲的なの
自分だって優しくする対象だし自分を1番大切にできるのは自分だから
犠牲とか負担とか思わずにできる優しさならいいけどそうじゃないなら毅然として拒否するのが大切だと思う
ありがとうございます
数年前まで自己犠牲的な優しさ、ありました!
今は変わりましたが、押せばやってくれるという状況を自分で生み出していたなと振り返って思います。
多少自分優先のがいいですね。
気弱に見せかけてプライド高い相手から狙い撃ちされるなら、トピ主に包容力あるとか落ち着いてて人をサポートするのが苦にならない人ってイメージするな
2コメも承認欲求オバケに狙われそうだけど、トピ主が言うようなのよりはむしろ自信家(に見せかけて自分に自信がない人)で、他人をコントロールしたい支配的なタイプが寄ってきそう
トピ主の「相手に好きなように喋らせてる」のを「自分の意見を言わず何でも聞き役になってくれてる」と間違って受け取って寄ってきてそうだから、普段の会話で相手に喋らせっぱなしにしそうな所を適度に自分の意見挟んでおけば、聞いて欲しいだけ褒めて欲しいだけの人は減るかも
平等にってhtrにもいいとこ見つけて作品褒めるの?いい人だから?頑張ってるから?もしそうなら粘着されそー。って外から見てて思うよ。たまに自ジャンルにもいる。好きな作品を好き!って言う人がそれこそ目に入った作品全部を平等に褒めてたら「この人ヤバ…」って思っちゃうな
褒めるのは苦じゃないって言葉が凄い気になったよ。褒めるの苦になりそうな人を褒めるのは苦行だよ。そういうのを隠して平等なんてやってるから見て見て星人が寄ってくるんじゃない?
何言ってんだこいつ…
正直トピ主の言ってる粘着奴よりもコメ主の方があたおかでヤバい奴だと秒で思ったぞ…
そういう人って、自分に時間を使ってくれる人に依存しがちに見える。いつも発言するといいねくれるとか、もくりにつきあってくれるとか。期待値が上がっちゃうから後で裏切られたって騒ぐんだろうね。
なので、自分優先で動くことが明確だと依存されにくいよ。相互が病んでようがなんだろうが、しばらく仕事忙しい、原稿やるからいないよー、とサクッと不在になったり、反応は毎回じゃなく好きな時にしかしなかったり、もくりとかも行かない時もある、誘わない時もある、会話より原稿優先してる時もあるとか。かまってくれるかもっていう期待値下げてこう。
これだと思う
構ってあげてる人が粘着されてるのよく見る
優しい人って利用されがちなのしんどいね…
メンヘラ製造機に近いものを感じる
大して共感してなくても人のこと褒めたり励ましたりできるから、真に受けた弱い人に依存される
頼られる・依存されることに依存するタイプもいるらしいよ。自己犠牲やりがちなら多少該当するかも
自分かと思った
なんかいつも粘着質な人にネチネチ粘着される。そういう人とはある程度までは仲良くするんだけど、一定のラインを超えてきた瞬間に拒絶したら大体向こうは発狂して離れてくんだよね…。お疲れ様
私もトピ主とかなり似てる
等しくそこそこにしか他人に興味ないから自分の意見と違っても「そうなんだ〜」って聞いてるところがあるし、自cpの作品は余程じゃなければすごく嬉しくていっつも見かけたら褒めちゃう。最近はこれが良くなかったかもと自省して褒める回数減らしてる
厄介な人だと思うと普通はすぐ距離を置くけど、優しい人や断るのが苦手な人って、厄介な人ともそのまま関係を続けるんですよね
厄介な人の周りには元々人が少ないので、残ってくれた優しい人だけにすがりつくようになる
そうすると、他の人がその優しい人に接触した時、厄介な人もセットでついてくるようになり、
「優しい人を誘いたいけど、あの人を誘うと厄介奴も誘わないわけにはいかないな」
「面倒だから2人とも誘うのやめよう」
になって、だんだん孤立⇒ますます依存関係へ、というのを何度か目にしました
困ったな、変な人だなと思ったら、変にタイミングは計ろうとせずすぐに離れた方がいいですよ…
自分は作品の巧拙に関わらず好きならまっすぐ褒める派ですが、見逃しはありますし個々を見て気にならなければ反応しないタイプです
そのため今までいいね(RT)してくれたのになんで今回はしてくれないんですか?と理不尽な方向から粘着されたことが複数回あり、トピ文読んで共感してしまいましたし、14さんにも共感しました
褒められたことがあまりない人にとっては、いいねRTが伸びるのはたまらない体験なのではないでしょうか…
それ系のネガツイをサークルや裏アカウントでするようになったら、仲良くなりすぎないうちにゆっくり距離を置きます
何かこういうタイプって2種類いる気がするんだよね。
作品を褒めて、そこまで読み込んでくれてありがとうございます!嬉しい!って純粋に感想が上手い人と、この人私の事が好きなんだ!私のする事何でも肯定してくれる!って作品通り越して作者の自己肯定感爆盛りするタイプ。
創作者で界隈での認知度が高い場合、あの作者さんに認めて貰える私に拘るから余計に依存されやすい。相手とっては貴方が自分の事大好きなのは既に前提になってるから、強めに拒否すると自分の言動より先にどうして!?って感情が先に出るんだと思う。
トピ主も薄々と気付いてるみたいだけど、
「褒めるのは苦じゃない、平等に親切にする」
この部分だと思う。
承認欲を満たすために利用されてる。
気弱や引っ込み思案だったり、普通は距離を置くようなやや癖のある人を、「そういう人もいるよね」的に受け入れてその人の話も平等に聞いたり褒めてしまうと、褒めて欲しい認めて欲しい人がそんなことされたら嬉しくてすぐ好きになっちゃうよね
今まで無かった分期待もするし依存もする
依存がしんどくなって突っぱねると、「私のこと受け入れてくれてたんじゃないの!?ひどい!」となる
どっちの言い分が正しいとかじゃなくて、認識の相違みたいなもん
なんとなく人から遠巻きにされてる人や人と接するのが少ない人は中に抱えてるものがあるので、なんでもかんでも褒めないことや初手から適当に接するのも必要
適度にいい距離感...続きを見る
横だけど
SNSで人と接するのが少ない人には何かあるって単純に忙しいとかSNSでの交流求めてないとかでなく何か問題があるってこと?
相手の欲しい言葉を先回りで察して言ってしまったりしませんか?
察しが必要な環境で育った人はそのスキルを大人になってからも生存戦略として利用しがちですが、全肯定を求めてる依存心が強い人には恰好の餌です
嗅覚育てて言う相手を選ぶようにした方がいいですよ
トピ主タイプの人間、相互にいる
正直なことを言うと八方美人が過ぎる
苦手だな嫌だなと思っているくせに律儀に相手に返信したり、作品を褒めたりする
こういうことするから粘着されるんだろうなーって傍から見てる
嫌なら嫌って言えばいいし、無視すればいいのに
やばい人って色んな人にどんどん拒絶されるから相手してくれる優しい人に依存するんだよね
これ
優しいと優柔不断は違う
優しい人にはまともな人が寄り付くが
優柔不断な人には変な人が寄り付く
昔の私が、今のトピ主状態でした。
承認欲求の強い人は一つ褒めて満たされる事はほぼ無いので、一生相手に合わせる気がないなら今のスタイルを改めるべきです。
トピ主は随所に「興味がない」と示していますし、本当に興味が無いなら「関わらない」が一番です。
優柔不断な人よりはっきりキッパリした人が好きだ
裏表ないし嘘がないし行動に一貫性があるから付き合いやすい
コメントをする