自分の見たいもの、惹かれているところを表現したくて二次創作をして...
自分の見たいもの、惹かれているところを表現したくて二次創作をしていたはずなのに、人が私の見たかったもの、まさにそう思っていた!というイメージや解釈を適切な言葉にされているのを見ると、心にぽっかりと穴が空いたようになってしまいます。
それが私にとってのキャラクター観や原作から受け取ったイメージ、解釈に近ければ近いほど、自分はそれについて永遠に言葉を失ったような気持ちになり、途方に暮れてしまいます。
長いですが、吐き出しを失礼致します。
考えかたの似ている相互さんがいらして、今日、私のキャラクター観の芯になっているようなところをツイートされていました。
そのツイートに、ああそうだ、と胸がいっぱいになるとともに、もっと早く言葉にしておけたら良かった、とその方より先に言葉に出来なかったことを後悔してしまいました。
そのように思うのも、傲慢なことですが……。
その相互さんのことも、相互さんの語られる言葉もキャラクター像も大好きで、心から尊敬しています。
今も、お言葉にふれてああそうだなあと清々しい気持ちと、もう自分の言葉には出来ないんだ、というどうしようもなく淋しい気持ち、その両方が織り混ざっています。
大好きな方の言葉で見たいものが見られたのなら、もう自分が書かなくていいやという気持ちになれたらいいのに、そのことについて私はもう書けない(書いたら真似や後追いになってしまうから)、と思ってしまう自分の心理のことが分からず、悲しく思います。
相互さんは、私のツイートや作品のことを素敵だ、原作を見るときの透明度が増す気がする、と言ってくださるのですが、私の方が相互さんに対してそう思っていて、お言葉にふれるたびに、浄化される気持ちと寂しさとを募らせてしまいます。
こんな気持ちになることはありますか?
また、それでも真似や後追いにならずに(似ていると私が思うことでも、自分にとっての表現の仕方で)創作を続けることは出来るでしょうか?
そのためには、どのように考えたり、どのようなやり方で創作をしたら良いのでしょうか。
思うところがございましたら、アドバイスをいただけますと嬉しいです。
みんなのコメント
私も喋るたびに解釈が本当に一緒……!って思う相互がいるけど真似をしたともされてるとも思った事がないな。相手の解釈を見て自分の解釈が深まるし向こうも同じことを言ってくれている。全くの打ち合わせなしで同じテーマの作品を同じ日に投稿したこともあるし、多分感性がめちゃくちゃ似てるんだと思う。
解釈がほとんど同じ人がいるのは得難くありがたいことだなあって思うよ。その人のことが一番好き。
真似や後追いじゃなくて影響を与え合っているって考えてみたらどうかな?
結局、突き詰めていったら自分の解釈が作品には出てくるし、そこの違いがもしかしたら相手の解釈を深める後押しになるかもしれない。
なんにせ...続きを見る
丁寧にありがとうございます。
私も得難くありがたいことだなあと思いますし、その相互さんのことがほんとうに大好きです。
だからこそ、似ている(と私が思う)ことをその方が仰っていると、今まで言ったことがなかったのに後から言い出したら真似をしたみたいで傷つけてしまうかなとか、そんなふうに考えてしまいました。
けれどお言葉にふれて、その相互さんもそんなふうに言ってくださったことがあるなと思いましたし、私も、その方が似ていることを仰っていても真似をされた、とは思わないな、と感じました。
影響を与え合っている、素敵な考え方だなと思います。
元々自分も考えてたことなら、書かないのは勿体無いと言...続きを見る
トピ主さんの中にある解釈や感情ははその相手の言葉でしか表せられないものですか?
本質的には同じ事を言っているけれど表現は全く違う、という作品も世の中にはたくさんあると思います。
お相手の作品が自分にとっての『共感』なのか『正解』なのかは見極める必要があるんじゃないでしょうか。
共感であれば別の角度から同じ主張をしても良いわけですし、その方の作品以外は全て不正解だと思うなら無理して創作する必要はないと思います。
その方の作品をそのまま用いるのではなく、別の角度から言い表せないかどうかを色々試してみても良いのではないでしょうか。
キャラクター像や関係性のイメージの芯となるようなところの言葉がまったく同じ単語で重なってしまい、自分の中で、そこから言葉をずらすと違うものになってしまう、……というところはありました。
ですので、たとえばTwitterなどで端的に言い表すということは、その言葉を使わなければ出来ないだろう、と感じたのが本音です。
キャラクターのどのようなところが好きなのか、その根幹に関わるところのイメージでしたので、どのようなことを語るにもそのイメージを下敷きにしているようなところ、そうしたらそのキャラについて私が今後語ることの、色々が真似になってしまうのではいか、と思ってしまったくらいのことでした。
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自分のことも他の人のこともオンリーワンだと思っているのでそういう感情にはならないです。
似たことを言っている人がいてもそれは自分の言葉じゃないし、完全に同じだとは思わないので自分で定義しなきゃ気が済みません。
厳しいようですが、少し前に話題になった〝 「私が前から言いたかったことはこれ」と後から言う人はそもそも何も考えていない〟というやつが自分の考えですね。
アウトプットできていないなら、そもそもそこには何もないと思います。
自分のことも他の人のこともオンリーワンだと思っている、格好いいなと思いました。
自分で定義しなきゃ気が済まない、私にもそういうところはあり、けれど圧倒的な言葉にふれてしまったりすると、もう自分には出来ないんだ、と思ってしまいます(同じ単語やイメージでとらえていたとき、そこから言葉をずらしたら、私にとって違うことになってしまうと、思ってしまうので……)。
アウトプット出来ていないなら、そもそもそこには何もない、とてもただしくて、そういうものだろうと私も思います。
だからこそ、先に言葉にされてしまったものに寂しさを感じる私はずるいなと思ってしまいます。
せめて私もコメ主さんのように...続きを見る
トピ主さんの気持ちすっごく分かるし自分もまさに同じです。
私も以前は、自分はもうこの表現ができないんだ(先に書かれてしまった)って思っていました。
でも、いざ同じ物を書こうとしても実は同じにはならないことに気付きました。なので最近は、同じように思い感じたことでも自分と他人では違う表現、違う創作物になると考えるようになり、後からでも創作できるようになりました。
気持ちが分かるし同じ、と言っていただけて、勝手ですがとても勇気づけられました。
ありがとうございます……。
お言葉を拝読していて、しゅんとしていないで、書き始めることって大切だなと思いました。
似ていることで後ろめたさもありますし(それが元々思っていたことでも……)、もうこの表現では言えないんだ、という寂しさはあるのですが、それでも一生懸命私の書いたものは私の表現、私の創作物になるのかも、と思えました。
ありがとうございます。
私はトピ主さんの気持ち分かるよ
相手の方が私よりも言語化するのが上手いので解釈が近くて好きなものが合う人と出会えたのを嬉しく思うと同時に焦燥感のようなものを覚えてしまう時がある。
解釈語りとか聞いてるとすごく納得出来るんだけど、同じようなことを考えてたからこそ私が今から何言っても二番煎じになっちゃうな…と少し落ち込むんだよね。
私もそのもやもやを上手く消化出来ない時は多々あるので有益なアドバイスとかは出来ないんだけど、こんな私の言葉を好きだと言ってくれる人もいるのでたとえ考えが似ていても相手は相手で私は私。私にしかないものも多分ある、と思って何とかやってます。
上手く折り合い付けられる...続きを見る
気持ちが分かる、と言ってくださってありがとうございます……。
勝手ですが、同じような感情を抱く方もいらっしゃるのだと、少し励まされました。
お話ししてくださったこと、わ、分かる、分かります……!ということばかりでした。私も、そういうもやもやを繰り返してしまいます……。
好きだと言ってくださる方のお言葉を信じること、とても大切ですね。
私にしかないものも多分ある、そう思って、もがいていきたいです。
コメ主さんの創作ライフが、良いものであることを願っています。
私も上手く折り合いをつけられるよう、頑張りたいです。
ありがとうございました。
自分が認知してないところで知らない誰かも同じことを言ってるかもしれないし、二次創作だと原作ありきなのである程度被るのは自然なことのような気がします。
目の前でやりたいネタを潰された感覚に近いなら、更に発展させたり別の切り口を考えてみるとかするかもしれません。
「自分が認知してないところで知らない誰かも同じことを言ってるかもしれないし、二次創作だと原作ありきなのである程度被るのは自然なこと」、私もそう思います。
ネタというより惹かれるキャラクター像や関係性のところを、私の思っていたのと同じ言葉で言い表わされていて、ああ今後こういうふうに言えないとしたら、何にも言えなくなってしまうな、というような気持ちでした。
発展させたり、別の切り口を考えてみること、やってみようと思います。
ありがとうございました。
字書きさんでしょうか?
私にも経験があります
あたためていた話の一番書きたかったところを目にしました
そのワンフレーズを本文にピタッとはめたら完成するぐらい核心的な言葉でした
私の場合はそのワンフレーズが同じなら他の展開も同じなんだろうなと諦めていたら、他が違っていたので書くことができました
トピ主さんも、キャラクターの芯の部分が同じ(に見えて)でも、周囲のキャラクターとの関係性は違っていたりしませんか?
字書きです。
あたためていた話の一番書きたかったところを目にする、そのワンフレーズを本文にピタッとはめたら完成するぐらい核心的な言葉、私にも経験があり、勝手ですが心中を思って胸がぎゅうっとなりました。
他が違っていたので書ける、というのも、とてもよく分かる感覚でした。
今回の場合は、重なったのが周囲のキャラクターとの関係性にも関わるところのキャラクター観だったので、心が波立ってしまいました。
ですがコメ主さんの仰るように、同じに見えても私の惹かれている部分はどこか、違っている部分はないか、より研ぎ澄ませていきたいなと思います。
ありがとうございました。
あります。
公式供給があると「こういうこと書きたい」って思ってた矢先、大手さんが先に同じ解釈呟いて、いいねがたくさんついていくのを見ると、私はもう同じこと書いても…って(涙)
かなりの長寿ジャンルに後期参入なこともあり、周回遅れの萌語りをつぶやいても何を創作しても「すでに何度も言い尽くされてきたこと」「今更私が書いてもn番煎じ」みたいな気持ちになってしまいます。
でも自分にとっては「今が旬」なので、吐き出さないと溢れてしまう〜!
いいねがたくさんついていくの、ああ分かります……!と思いました……!
私はもう同じこと書いても……ってなりますよね(涙)
そうなのですね。
今更私が私が書いても、私もそう思ってしまうこと、たくさんあります。
ですが自分にとってそれを書く、ということがどういうことなのか、とめどなくあふれるものがあるということを、お言葉にふれて思い出しました。
書きたいと思う意味みたいなところも、もう一度見つめ直せたらと思います。
ありがとうございました。
その相互さんは作品としてでは無くツイートされていたのですよね?私の界隈でも、その様なことは多々あります。
私の場合は解釈語りはせずに作品で表現することが優先なので、誰かが自分と同じ解釈やドンピシャの言葉で語っていても特に焦燥感はありません。
作品で解釈を表現すれば別にツイートなどで語る必要はないかなと考えています。でも作品を投稿した後に軽く「こんな解釈です」くらいは添えることもありますが、人に見て貰いたいのは「言葉としての解釈」より「作品の中の解釈」ですね、私は。
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