質問です。 どうして殆どのバトル作品の主人公たちって、自身の血...
質問です。
どうして殆どのバトル作品の主人公たちって、自身の血統が重視されがちなのでしょうか?
「BLEACH」の黒崎一護然り、「NARUTO」のうずまきナルト然り、「ONE PIECE」のモンキー・D・ルフィ然り、「ドラゴンボール」の孫悟空然り、「鬼滅の刃」の竈門炭治郎然り。(主にジャンプ系でごめんなさい)
そういった主人公たちって、「実は血統が凄かった」「めちゃくちゃ権威のある歴史的な家系だった」「父親もしくは母親が偉大だった」「王族出身だった」といった風に描かれがちですよね。
私のような、ごく普通の一般家庭で生まれ育った身からすると、物語の中盤辺りで「実はお前の家族が凄かったんだ~」とかという風に判明すると、「何だよ結局そういう血統かよ。じゃあもう勝ち確定じゃん」と何となく萎えてしまいます。
余談ですけど、ラスボスが主人公の母親や父親もしくはその他の肉親だったりすると、「結局家族問題かよ」と、やはりがっかりしてしまいます。私にとってラスボスは、そういうのとは一切関係ない強大で凶悪な存在であってほしいと思う派です。
そういう意味では、私は「僕のヒーローアカデミア」や「東京グール」、「戦記絶唱シンフォギア」、「キングダム」といった作品が好きです。「何者でもなかった自分が、ふとしたきっかけで特別な何者になれる」と勇気づけられるからです。
皆さんはどう思いますか?
御意見お聞かせください。
みんなのコメント
私もそう思ってたことあるけど、「凡人だと思ってた主人公が血に目覚める(覚醒する)」とか「血の運命に抗う」的な展開をアツい!!と思うようになってから好きになった。そのアツさが少年漫画らしいからよくあるんじゃないかな…?
私が思うのは2つです。
1 中二的なカッコよさ。占い師から、「あなたの前世はヨーロッパの貴族です」みたいなことを言われて喜ぶのに通じる。
2 物語の作りやすさ。前世代からの因縁みたいなので盛り上げる。
人間は必然性を求めるものだからだと思う。特別であることに理由がいるというか。
暴力を振るわれた人に「でも被害者もなにかそうされるべき行動をしたんじゃない?」と思いたくなる心理に似てる。
主人公の背負うべき業に理由をつける時に、育った環境が私たち一般人と同じであるなら別のところに特別な理由が必要で、主人公の不幸さに見合うだけの必然性、それが主人公の行動の対価だけでは説得性に欠けるとき、生まれの特別さを求めがちなんだと思う。
グールとかそうなんだけど、必然性に見合わない特別性(不幸)って、読み手にけっこうストレスをかけると思う。
この国は庶民はともかく芸能界や政界は血統重視っぽいし、出版界もそういう目で見たら結構そういう作家がいる
少年誌って新人のうちは編集の指導がかなり入るようだし、そういう血統を重視する考えが反映された結果では?と思うようになった
編集者と新人のやり取りの動画、講談社が公開してるから見るといいぞ
youtubeにあるから探しなよ
血統なんてなんも関係無い(漫画家はやる気と根性があれば誰でもなれるので)よ
バトル漫画に限らず好まれるものかと。貴種流離譚の戦闘力にフォーカスしたパターンが少年漫画においては自然と多くなる。
考え方を変えてみると、そういう血統の主人公たちは元から恵まれているようにも見えますが「背負わされてるもの」「自分の力では簡単に変えられないもの」と戦ってるとも取れます。だから逃げられない。普通の人としてのんびり生きていくことが許されてないわけです。物語の都合上、そのほうが主人公を動かしやすいということもあると思いますけどね。
なんの鍛錬も積んでない、もしくは才能に気づかず育ったキャラでも都合よく最強にできるからかなと思ってた
自分はそういうバックグラウンドがないキャラが強い思いでものすごい鍛錬の末に能力を獲得したり縁があってすごいアイテムを託されたりして苦しみながら戦う話が好きだけど、小学生くらいの子だと「本人の努力」より「運命」の方が刺さるのでは
あと修行シーンが短いとご都合主義に見えて白けるし、逆にじっくり長く描かれると中だるみと言われて飽きられるしで難しいという話はよく聞く
結局、とりあえず最強なキャラが勝利するのにちょうどいい設定のひとつが血統なんじゃないかな
才能の理由付けとか因縁とかいろいろ...続きを見る
あと、神話の影響も大きいと思った
どの世界の神話もだいたいは血統が軸になった英雄譚になっているから
その文化の統治者が自分たちの正当性を主張し被支配側との差別化をはかるのに便利だったからよく使われる設定なのかなと
結果として、長く親しまれた物語の原型なので受け入れやすいということで現代のサブカルチャーにもそのまま採用されているのかも
パクリ元が同じなんだと思う
ナルトと幽白がうしおととらのパクリしか知らんけど、大体そうなんじゃない
で後続はそれをパクるから少年漫画で血統展開が王道になると
基本レジェンド面白フィクションの二番煎じだと思う
でトピ主的にそれが気に食わねーと感じるクリエイターも当然いるわけで
そのうち才能ある人が血統関係ない漫画描いて当たるんでしょ
誰もが「何者でもなかった自分が、ふとしたきっかけで特別な何者になれる」のだったら、世界中のすべての人が特別な何者かになってるよ
特別であるのには何かしらの理由があるから、その理由の1つとして血統があるだけ
例外的に「鳶が鷹を生む」ことはあれど、基本は「蛙の子は蛙」だよ
日本問わず人間社会に染みついたものだから
農民の子が武勇でのし上がっても、スラムの子が立ち上がっても結局誰かに認められて重用されてめでたしめでたし
それが高貴な血の持ち主(捨て子や側室の子)と分かれば人を使う立場になれる
敬うべき血統がある、っていう考えがある国の民族性だね
それがないアメコミヒーローは突然変異か天性だし
アイテムとかと一緒じゃない?
そういう血筋でした、だから強くなった
修行してとか以外の強くなれるブースト要素としか思ってなかったよ
いきなり覚醒した〜だとなんで?だけど血筋だったというと、なるほどってなるじゃん理由付けだよ
現実に即してるじゃん
スポーツで黒人のフィジカルに勝ててないし
なぜ創作でそこにマイナスイメージ持つのか分からない
努力でどうにもならない事だらけだよ
いきなり生えてきた能力よりは親が○○だったから〜の方が納得感あるんじゃない?
ちょっと前に終わった漫画、円満に終わったけど主人公の能力の出処が謎だったせいで未だに漫画スレとかで色々言われてるし
ジャンプだけどDr.stoneはその思想のアンチテーゼとして親と血繋がってない設定にしたって聞いた
例に挙げてる漫画で鬼滅の刃は明確に血統主義を否定してる側の漫画では…?
途中までは主人公が始まりの剣士と同じ耳飾りで日の呼吸ってことは子孫なんだなとミスリードしておいて、実は縁壱の子は死んでいるから血は受け継がれてなくて主人公は縁壱が出会ったただの善人の子孫
大切なのは血統じゃなくて思いを受け継ぎ続けること的な話だよね
トピ主の年齢(場合により性別も)が作品の対象範囲から外れてるだけだと思う
血統系バトル作品で上げられてるのが少年漫画(基本12歳男子対象)で、そのくらいの子たちが憧れるもの・共感できるもの(ラスボスが家系関連)で作られてる作品
ちなみに男性は成長しても基本この頃の子ども心が残ってるから少年漫画を楽しめる(持ち込みした少年漫画誌の編集長に言われた言葉)
逆にトピ主が好んでる作品は青年漫画が主だから、つまりトピ主にとって少年漫画がnot for meなだけじゃないかな
青年漫画のバトル作品を探してみたらどうだろう?
昔は「なんだ結局生まれが全てじゃん」って冷めた目で見てたけど、
最近、年取ったからか、「まだ子供なのに、こんな宿命を背負わされているなんて」って思うようになった
平凡な人間が特別になりたいと思うのと同じように、
特別な人間は平凡であることに憧れる、と学んだこともありますね
まだ自分から特別な存在を目指す方が、孤独に戦う宿命を持って生まれるより自由なんだろうと思います
それはそれとして、血の繋がりは重要ではないと主張する昨今の漫画も好きですよ
トピ主が返信したのがピンポイントで「日本はダメ」みたいなのだけだと
もともと他意があったかと思っちゃいますね
血統を持ったキャラって持たないキャラとの対比の描写で盛り上がることが多いんだよね
血統を持たないキャラは持ってるキャラにコンプレックスを抱きつつも努力で目覚ましく成長する、
持ってるキャラは持ってないキャラの、血筋に縛られない自由さに憧れたり、その成長ぶりを見て関係性が変わったりする。
🍥の桜、橙の魔法使いなんかは血統キャラじゃないけど根強いファンがつく。
マヤと亜弓さんはマヤが血統がなくて努力でのし上がるキャラと思ってたら、実は天才はマヤの方で亜弓さんが努力の人って描かれ方になったよね。
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